誰にでもわかる医学論文シリーズ : 難治性てんかんと CBD

2017.07.24 | 病気・症状別 | by greenzonejapan
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誰にでもわかる医学論文シリーズ : 難治性てんかんと CBD
2017.07.24 | 病気・症状別 | by greenzonejapan

以前より、医療大麻がてんかんの発作予防に役立つ事は知られていましたが、今回、大規模な臨床研究で有用性があらためて報告されたのでご紹介します。

ご紹介するのは『New England Journal of Medicine』2017年5月25日号に掲載された「ドラベ症候群による難治性てんかんへのCBD試験」という論文です。

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今回の試験対象となったのは、「ドラベ症候群」という難病の子どもたちです。この病気の患者さんは生まれつき遺伝子に欠損があり、幼少期からけいれん発作を繰り返し、多くが若くして亡くなってしまいます。ドラベ症候群のてんかんは薬剤でのコントロールが難しく、決定的な治療薬はありません。

この病気に医療大麻が有効であることが知られるようになったのは、ある一人の女の子がきっかけでした。コロラド州に住む、シャーロットちゃん。これまでにあらゆる薬が効かなかった彼女の命を救ったのは、CBDを多く含有する医療大麻でした。

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半信半疑でおそるおそる投与された大麻によって、一日に何十回と起きていた彼女の発作は完全に消失したのです。その様子を目の当たりにしたサンジェイ・グプタ先生というお医者さんが、『Weed(※大麻草の意)』というドキュメンタリーを作成し、番組は全米に放送されました。(FBの「マリファナはなぜ非合法なのか?」というページに日本語字幕がついた動画が掲載されています。)すると同じような症状に悩むアメリカ中の親から大きな反響があり、中には医療大麻が禁止されている州から使用可能な州へと「移住」する人も現れ、一種の社会現象となりました。

その様子はナショナルジオグラフィック誌にも取り上げられています。

ナショナルジオグラフィック

このような社会的関心の高まりを背景に、大規模なランダム化比較試験(※)が実施されるに至ったのです。

※ ある医薬品が、本当に治療効果があるかどうかを評価するためには、実薬と偽薬(プラセボ)を患者本人に区別がつかないように内服させ、実薬群と偽薬群で効果に差が出るかを比較するという手法が用いられます。
これはプラセボ効果(イワシの頭も信心から効果)を除外することが目的で、アメリカ合衆国ではこのような試験で薬理的な効果が認められたものだけが、医薬品としての認可を受けることができます。

本試験で使用されたのは「Epidiolex(エピディオレックス)」という商標名のCBDオイルです。これは英GW製薬が開発した天然大麻草由来の製剤で、大麻特有のハイになる成分であるTHCをほとんど含みません。

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GW製薬のエピディオレックス。同社は他に「Sativex(サティベックス)」というTHC:CBD比 1:1 の天然大麻抽出製剤を、世界29ヶ国で医薬品として認可を受け、販売しています。

今回、被験者として

① 2歳以上19歳未満で
② ドラベ症候群と診断され
③ 抗てんかん薬を内服しているにも関わらず
④ 月に4回以上のけいれん発作が出現する

という条件を全て満たす患者さんが、アメリカとヨーロッパ各国から計 120名参加しました。それらの患者は二群にわけられ、一方のグループでは一日あたり 20 mg/kgのCBDを、もう一方のグループでは同等量のプラセボ(偽薬)を、それぞれ 14週間内服しました。

治療効果の判定は、「一ヶ月あたりの発作回数がCBDオイル内服中はどれくらい減少するか?」で行いました。その結果、CBDオイル投与群では、平均 12.4 回/月あった発作が 5.9 回/月に減少しました。(比較の為のプラセボ投与群では、同じく 14.9 回から 14.1 回へ減少しました。)プラセボと比べ、実薬を内服していた群では平均すると、23%多く発作が減りました。また、実薬群の 60名のうち3名では発作が完全に消失しました。(プラセボ群には完全消失した患者はいませんでした。)

副作用に関しては、実薬群の 93%、プラセボ群の 75%で何らかの副作用が報告されました。(注: これは治験薬の影響によるものと関係ないものをあわせた数字になります。)副作用の影響により、実薬群の8名とプラセボ群の1名がそれぞれ、投薬を途中で中断することになりました。最も多かった副作用は傾眠でした。これは薬の影響でぼーっとしてしまうということです。傾眠が出現した 22名の患者のうち 10名に関しては、CBDの投与量を減らしたところ、9名で改善が認められました。(注:クロバザムという抗てんかん薬とCBDを併用することで傾眠の副作用が出現する可能性が指摘されています。本試験でも 22名の傾眠を呈した患者のうち 18名ではクロバザムを併用していました。)

その他に、下痢、食欲低下、嘔吐などの消化器関連の副作用が実薬群ではプラセボ群に比較して多く認められました。

まとめると、傾眠や消化器系の副作用が出現する可能性はあるものの、CBDオイルは従来のてんかん薬だけではコントロールの難しい発作に対して有効であり、ときにけいれん発作を完全に消失させる作用があるとのことでした。


いかがでしょうか?
ここからは筆者(正高)の個人的感想と考察に入ります。

まず強調しておきたいのが、この治験に参加したのは、既存の治療薬のすべてを試した上で、それでも発作のコントロールができなかった子どもたちであるということです。彼らは、治験に参加する時点で平均して三種類の抗てんかん薬を内服しています。(内服していた薬は多い順にクロバザム、バルプロ酸、スチリペントール、レベチラセタム、トピラマートでした。)

そのような難治例ばかりを対象とした試験ですら、有意な結果が出たことの意味は大きいように思います。大麻由来の製剤ということで、現在のところ、他に治療法がない難治性てんかんを対象とした試験しか行われていませんが、一般的なてんかん発作に対しても、従来薬と同等かそれを上回る治療効果が期待できるのではないでしょうか。

また、カンナビノイド製剤の有効性がこのような媒体に取り上げられた事をうれしく思います。この論文が掲載された NEJM という雑誌は医療界においては圧倒的な知名度と影響力を誇っています。英語で「the book」と言えば聖書の事を指しますが、アメリカの医療界で「the journal」と言えばこの雑誌の事を指すくらいです。メジャーであるということと、書かれている内容が妥当かどうかというのは別の話ですが、この論文をきっかけに、カンナビノイド製剤に関心を持つ医師が増えてくれることに期待しています。

一方で注意しなければならないのは、この論文の経済的背景です。

この研究は、Epidiolex を製造しているGW製薬の資金で行われています。つまり Epidiolex を医薬品として市場に導入するための試験なのです。論文が掲載された事で、Epidiolex は医薬品として認可される唯一のCBDオイルとしてのステータスを手中にすると思われます。しかしEpidiolexで効果が乏しかった患者さんでも、その他の品種からできた製剤や THC を含むレジメンが有効である可能性は高いと思われます。(多発性硬化症において、Sativex が無効であった症例にサルベージとして医療大麻を使用したところ 85%の患者で有効であったとの報告があります。http://www.jns-journal.com/article/S0022-510X(16)30472-5/fulltext
今後、幅広いカンナビノイド製剤の開発と普及において、この Epidiolex の特権的地位が障害とならないことを願うばかりです。

次に、日本での現状について考えてみましょう。

2017年現在、日本国内でも CBDオイルはインターネットを中心に流通しています。しかしこの「日本で販売可能な CBDオイル」と Epidiolex には大きな違いがあります。

Epidiolex は、医薬品としての使用を目的に改良された特定の品種を、安定した環境で栽培し、その花穂部分から抽出されたCBDオイルです。一方の、日本で流通しているCBDオイルは、繊維用に栽培された産業用ヘンプの茎部分を再利用して作られています。茎に含まれるCBDの量は花穂に比べて少ないため、産業用ヘンプ由来の CBDオイルは、全草から作られるものと同じ濃度の製品を作るためにはるかに大量の材料が必要となり、仮に殺虫剤や重金属などの有毒物質が原料に含まれていた場合、それらも高度に濃縮される危険性があります。またカンナビノイドとの相乗効果で医療効果が期待できるテルペンの含有は期待できません。つまり現在日本で流通しているCBDオイルは理論上はB級品であり、これらが本治験で使用された Epidiolex に対して同等の効果があるかどうかというのは別の臨床試験を行わない限り、科学的にははっきりしません。

また、価格も問題です。
現状ではCBDオイルは食品扱いであり、医療保険の適応とはなりません。そのため患者は全額を自分で支払う必要があります。本臨床試験のプロトコールに沿って 20 mg/kg/dayのCBDを摂取すると考えてみましょう。5歳の男の子で体重が 20 kgだとすると、一日あたり 400 mgのCBDを服用することになります。現在インターネット上で、たとえば 1500 mg/60 ml のボトルが1本 36,000円程度で販売されているので、一日 9,000円の出費になります。

臨床試験では、確実に結果を出すために充分な量の摂取量を採用しているので、実際にはそれよりも少ない量で効果が期待できると思われます。それでも、場合によっては年間に100万円単位の出費になる可能性があるのです。

ここ数年、イーケプラ、ラミクタール、ビムパット、フィコンパなど、日本の医薬市場では立て続けに新規の抗けいれん薬が発売開始となっています。巷では、製薬会社主催の薬品説明会が頻繁に開催されています。しかし、その会場のどこに行っても、Epidiolex や CBDオイルの話はでてきません。小児てんかんを専門にみている先生でも、CBDオイルの Cすら知らないのが日本の現状です。

これは怪しい健康食品の話ではありません。
れっきとした医学の話です。
日本にはおよそ 100万人のてんかん患者さんがいます。
その中には、医療大麻製剤によってのみ発作がコントロールできる方が相当数、含まれるはずです。

この事実を、私は多くの患者さんと家族に届けたいと思います。
しかし我々にはバックアップの製薬会社はありません。
どうぞこの情報拡散にご協力ください。

“誰にでもわかる医学論文シリーズ : 難治性てんかんと CBD” への1件のコメント

  1. 寺島英知郎 より:

    先程メールでもお問い合わせさせていただいた、寺島と申します。
    先生のブログ、大変興味深く拝読させていただきました。
    CBDオイルの件を小児科の主治医に相談したところ、ピンと来ていない様子だった理由がよくわかりました。

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