アメリカにおける大麻合法化の立役者 イーサン・ネーデルマンに訊く – Part 1

2017年10月、アメリカで医療大麻についての啓蒙活動を行っている友人から、イーサン・ネーデルマンが明日から日本に行くんだけど、会ってみたら? という連絡をもらいました。イーサン・ネーデルマンと言えば、Drug Policy Alliance(ドラッグ・ポリシー・アライアンス) という組織を創設し、長年ディレクターを務め、アメリカでの大麻合法化に決定的な貢献をした重要人物。ジョージ・ソロス氏の慈善事業の基盤である非営利団体、オープン・ソサエティ財団の理事でもあり、Rolling Stone 誌は彼のことを「合法化の戦いで最も影響力のある男」と呼んでいます。恐る恐る連絡を取ってみると、2つ返事でインタビューに応じてくださいましたので、宿泊先ホテルでお話を伺いました。

※ イーサン・ネーデルマンの Ted Talk をこちらで観ることができます(日本語字幕付き)。

 

SONY DSC
Ethan Nadelmann。都内某所にて。


GREEN ZONE JAPAN(以下 GZJ):
まず、今回どのような経緯で来日されたのかお聞かせ願えますか?

Ethan Nadelmann(以下 EN):私が理事を務めるオープン・ソサエティ財団という団体は、世界中でさまざまなアドボカシーグループの活動を支援しており、日本では最近、特定非営利活動法人アジア太平洋地域アディクション研究所(APARI)が展開する薬物政策のためのプロジェクト、「日本薬物政策アドボカシーネットワーク(JANDP)」の支援を始めました。今回はその団体に招かれたんです、日本での議論のきっかけづくりにね、人と会ったり。それと来週マカオで、アジアにおける薬物依存の治療に関するカンファレンスに出席することになっているので、その前に日本に来るのは都合が良かったんですよ。

GZJ:私たちは医療大麻について活動していますが、あなたの活動はもっと範囲が広いわけですね。

EN:そうですね、薬物政策全般について改善を求める活動をしています。麻薬に対する不当な取り締まりは、それがどんなものであれ、良識ある社会政策を邪魔しますからね。麻薬の取り締まりが市民の自由や人権を侵害していたり、住民の健康を阻害している状況がある場合、私たちはそこに焦点を当てて活動します。

私が作った Drug Policy Alliance という組織は主に3つの領域で活動しています。

1つめは大麻取締法の改正です。医療大麻の合法化、大麻所持の非犯罪化、大麻をめぐる警察業務内容を変えること、そして大麻に関する法的規制の制定——1990年代半ばから、そのすべてに関わってきました。1996年にカリフォルニア州で最初に医療大麻合法化法案が通った時も、続く6つの州、アラスカ、オレゴン、ワシントン、コロラド、ネバダ、メーン州でも、私の組織が中心的な役割を果たしましたし、それ以来さまざまな州で法の制定に関わっています。ニューメキシコ州、ニューヨーク州、ニュージャージー州、その他各地でね。ですからこの領域では非常に成果を上げているんですよ。それと、アメリカだけでなく、諸外国の活動家や政府にもアドバイスしています。ウルグアイ、コロンビアなどの南アメリカ諸国、オーストラリア、ニュージーランド、その他色々ね。

GZJ:カナダもですか?

EN:カナダは近年はあまり関与していません。1990年代から2000年代初頭にかけては深く関わっていたんですが、今は私たちが関与する必要がなくなっていると思います、この問題に関する知識や経験が増えましたからね。1990年代後半から2000年代初頭にかけては、私はバンクーバーの市長4人に薬物政策についてアドバイズする立場にありましたし、カナダの国会が薬物政策を議論する際にもお手伝いしました。でもそれは2000年代初頭までです。

2つめの活動の領域は、アメリカの麻薬撲滅戦争で大量に投獄者が出たことに対する対策です。ご存知かと思いますが、アメリカの人口は世界人口の4%なのに、投獄者数は世界全体の20%です。アメリカは受刑率が世界一なんですよ。とんでもない数字です。そしてそれは、1980年代、90年代、2000年代初頭の麻薬撲滅戦争が受刑率を劇的に高めた結果なんです。そこで私たちは法律を改正する活動を始めました。コカイン、ヘロインその他の薬物の所持や販売に関する法律を改正するために、大麻同様、さまざまな州で住民投票を組織したり、州政府レベルや連邦政府レベルの政治家に働きかけたり、いずれも厳しい刑罰を軽減するための努力でした。そして代替案を提示しようとしました——多数の人たちを投獄することがいかに無駄で非人間的なことであるかについて一般の人たちを教育したんです。

もちろん、人種間の不平等性という問題は私たちの活動のすべてに共通する非常に重要な要素ですが、特にこの領域では——大麻についても他の薬物についても言えることではあるんですが、この領域では特に重要です。

3つめの活動領域は、麻薬依存症を病気とみなして治療する、ということです。私たちは注射針交換プログラムを法制化することで HIV や肝炎の感染を防いだり、ヘロインやオピオイド系処方薬のオーバードーズによる死亡率を下げるための運動を牽引してきました。たとえばヘロインやオピオイド系の処方薬の拮抗薬であるナロキソンの入手を可能にしたり、「911 Good Samaritan Law」と呼ばれる法律を制定して、薬物の過剰摂取を目撃した人が逮捕される心配なしに警察に通報できるようにしたり、ハーム・リダクション(危害の減少)という観点から薬物に関する教育・啓蒙を行なったり、ヨーロッパで進んでいる革新的な麻薬政策をアメリカに紹介したりといった活動を行なっています。

つまり私や私の組織は、大麻にまつわる法の改正、薬物関連の刑罰の是正、ハーム・リダクションという3つの領域に時間を振り分けているわけです。ただ、中でも大麻の問題は非常に大きく動いていますし、刑罰の軽減や非犯罪化にとどまらず、これまでは違法だったものを合法化するということが含まれますから、近年ニュースの見出しになった活動の 80%は大麻関係が占めていますね。ですから、私は大麻関連の法の是正のみにフォーカスしていると勘違いする人が多いんですが、それは活動の 1/3 にすぎないんです。それと、幻覚剤に関する政策についての活動もいくらか含まれます。

私の組織の活動の 90%はアメリカ国内でのものですが、私個人的には、もともと1980年代にこの問題に興味を持ったのは国際的な観点からだったので、ずっとアメリカ国外での活動や国際的な活動家たちとの交流を続けています。ちょうど6ヶ月前に Drug Policy Alliance の代表を退いて、自由になる時間ができましたから、アメリカ以外の国の活動家をこれまで以上に支援したいと思っているところです。

GZJ:それは私たちにとって幸運ですね。

EN:だといいですね(笑)。

GZJ:先ほど、1996年にカリフォルニア州で住民投票にかけられた医療大麻合法化法案 Prop-215 の可決に深く関わったとおっしゃいましたが、具体的にはどういうふうに関係していらっしゃったんでしょう?

EN:もともとの草案づくりには関与しませんでした。草案そのものはカリフォルニアの活動家たちが書いたんです。でも、草案を書くというのと、それを住民投票にかけられるところに持っていくというのは別物でね。投票に持っていくには署名を集めるためのキャンペーンが必要だし、大金がかかります。私は何人か、それぞれの理由でこの問題に関心を持っている富豪を知っていました——ジョージ・ソロスピーター・ルイスジョージ・ジマー、そしてジョン・スパーリングです。それでその4人をまとめて資金を調達し、ビル・ジマーマンをキャンペーンマネージャーとして雇ってキャンペーンを指揮させたわけです。

このとき初めて、麻薬政策の改革運動はアメリカ政治の大リーグとも呼べる表舞台に乗れるんだということが示されたんです。それは大きな転換点でした。同じ年、アリゾナ州で、ヘロイン、コカイン、メタンフェタミン(覚せい剤)などの所持で逮捕された人を、投獄するのではなく治療させる、という法案を住民投票にかけました。ですからこの年、住民投票に持ち込んだ法案は2つあったんですが、ご存知の通り、国際的に注目を集めたのは大麻の方でした。

GZJ:アリゾナ州の法案は可決されたんですか?

EN:ええ、されましたよ。これも重要な勝利でした。それからその翌年、次は何をしようかと話し合った結果、6つの州で医療大麻の合法化を住民投票にかけようと決めました。それが1998年と2000年の、アラスカ、オレゴン、ワシントン、コロラド、ネバダ、メーン州でした。その他に、アリゾナ州で可決された法案を覆そうという動きから守る必要もあったし、オレゴンでは、1973年に非犯罪化された大麻所持が1997年に保守派議員によって再び違法化されていたから、それを覆す法案を投票にかけることにして、その年は全部で9つの住民投票を行ったんです。

GZJ:オレゴンでは1973年に大麻が非犯罪化されていたんですか? 知りませんでした。

EN:1970年に NORML が設立されて、大麻取締法を改正しようという動きが勢いづいていました。そして、1973年のオレゴン州を筆頭に、11の州で——カリフォルニアやニューヨーク、それに保守的な州もいくつか含まれましたが——大麻の所持が非犯罪化されたんですよ。合法化されたわけではなく、刑が軽くなったという意味です。基本的には、個人宅での28グラム以下の大麻所持が非犯罪化されたんですが、公共の場での大麻所持はやはり逮捕対象でした。それから1977〜78年頃になると政情は保守的になり、合法化は遠のきました。

GZJ:今回の来日でどんな方とミーティングを持たれたのか伺えますか?

EN:一番興味深かったのは、法務省とのミーティングでした。かなりの高官を含む30名の方が法務省から出席されましたよ。基本的に私はそこで、麻薬政策についてこれまでと違った考え方をされてはどうかとお話ししたんです。どうして麻薬を所持したというだけで投獄するのか、とお訊きしました。それによって何が得られるのか、と。薬物依存の人を助けたいのなら、薬物を使わせないようにすることを最優先と考えるのは正しくないのではないか、それよりも、たとえ薬物を使い続けながらでもより良い生活を送れるようにすることの方が重要なのではないか、とね。みなさん真剣に聞いてくださって、良い話し合いができました。

医療大麻の話もしました。痛みや吐き気を抑えるのに効果があるなら、なぜ使ってはいけないのか、と訊きましたよ。特に、医療用に大麻の利用を許可することで、社会全体で大麻の利用が増加するというエビデンスはないんですからね。さて、どうなるかな。

GZJ:それは楽しみですね。

Part 2 に続く>

One Reply to “アメリカにおける大麻合法化の立役者 イーサン・ネーデルマンに訊く – Part 1”

  1. […] 2 です。 <Part 1 はこちらから> ※ イーサン・ネーデルマンの Ted Talk […]

コメントを残す