医療大麻とALS

医療大麻の効果が期待されている領域のひとつに、脳や神経の細胞が徐々に壊れていく「神経変性疾患」と呼ばれる病気があります。その代表格がALS(筋萎縮性側索硬化症)です。

ALS

この病気、名前は耳にしたことのある方も多いかも知れません。2014年放送の『僕のいた時間』というドラマで三浦春馬演じる主人公が、この病気という設定でした。またそれと前後して流行した、バケツで氷水を頭から被る「アイスバケツチャレンジ」も実は、ALSの啓発のためのチャリティーイベントです。実際の患者では、往年の大リーガーで歴代最高の一塁手と称されるルー・ゲーリック(彼の名をとって、ALSは別名ルー・ゲーリック病とも呼ばれます)や毛沢東、徳洲会病院の創業者である徳田虎雄が有名です。

ALSは神経細胞が傷害されることによって、全身の筋肉が瘦せおとろえていく病気です。患者さんは徐々に日常生活が制限されるようになり、およそ数年で人工呼吸器が必要な状態となります。疫学的には年間10万人あたり1〜3人程度が発症すると言われており、日本だけでも毎年1000人〜2000人が毎年、新たに ALSと診断されています。治療薬としては唯一、リルゾールという薬が販売されていますが、一日の薬代が1526円と高額であるにも関わらず効果は限定的であり、根本的な治療法は今のところ存在しません。

ALSという病気がどのようにして起きるのか、そのメカニズムは未だはっきりしません。しかし解明の手がかりとなっているのが遺伝性のALSの存在です。ALS患者の約10%は遺伝性で、そのような患者さんの遺伝子を調べると、SOD-1 や TDP-43、FUSといった遺伝子に生まれつき変異があることが明らかになりました。たとえば、そのうちのSOD-1 遺伝子は抗酸化酵素の合成に関与していますが、この遺伝子の変異を組み込んだマウスでは ALS と非常によく似た症状が出現します。(この SOD-1トランスジェニックマウスは ALS の研究にモデルとして頻繁に使われています。)

このマウスを用いた研究による知見から、生まれつきの遺伝子に問題がない ALS 患者さんにおいても、後天的に似たような異常が発症に関与していると考えられています。ALS の発病には酸化ストレスによる傷害に加え、炎症、グルタミン酸の過剰、ミトコンドリアの機能不全、異常タンパクの蓄積などの様々な因子が複合的に関わっているようです。

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一方で、THC を始めとした大麻草に含まれるカンナビノイドには

①炎症性サイトカインを抑制し、神経系での炎症を抑える効果があること (Velayudhan et al., 2014)
②強力な抗酸化物質であること(Velayudhan et al., 2014)
③グルタミン酸の分泌を抑制し、GABAを活性化することで抗グルタミン酸作用があること(Croxford, 2003

がこれまでの研究で報告されています。先ほど述べたように①〜③はいずれも、ALSの発症メカニズムと関係があると考えられています。

この共通点に着目した研究者達が、大麻草のALSの進行予防についての動物実験を行い、以下の興味深い結果を報告しています。

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カンナビノイドの ALS の進行予防に関するこれまでの研究の多くは、先ほど紹介したSOD-1遺伝子を変異させて作られた「ALSモデルマウス」を用いて行われています。2004年に、RamanらはモデルマウスにΔ9-THCを投与したところ、運動機能の低下を遅らせ、寿命が延長することを報告しました。効果は発症前に予防的に投与した場合と、発症後に投与した場合の両方で認められました(Raman et al., 2004)。また2005年には Weydt らがカンナビノール(CBN)という精神作用のないカンナビノイドに発症予防効果がある可能性を報告しています(Weydt et al., 2005)。(この実験では寿命の延長効果は認められませんでした。)その他にも化学合成されたCB1/CB2受容体作動薬や、遺伝子操作によるエンドカンナビノイド(アナンダミド)の増強によって、ALS 発症が抑制されることが報告されています。(これらのメカニズムは複雑で、少なくともCB1/CB2受容体を介した効果と、それ以外の経路での効果が複合的に作用していることがデータから示されています。)

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上記の研究は、あくまでも大麻草に含まれる単一化学物質を使用した実験です。より天然の大麻草に近い形では、植物由来製剤であるサティベックス(※)を用いた実験も行われています。

※ サティベックス: 英GW製薬が医薬品として製造している大麻草抽出液。THCとCBDをおよそ1:1の割合で含有している。主に多発性硬化症の治療薬として世界28ヶ国で販売されている。


2014年にMorenoらはサティベックスがALSモデルマウスの病気の進行を遅らせ、寿命を伸ばしたと報告しています(Moreno et al., 2014)。
また彼らによると、サティベックスを投与されたマウスでは、CB2受容体の発現が亢進し、NAPE-PLDという体内でのエンドカンナビノイドの合成に関わる酵素の活性も上昇していることを突き止めました。このことから、ALSの進行抑制は主にCB2受容体を介した炎症抑制に起因するのではと考えられています。(CB2受容体は主に免疫細胞に発現し、ALSでもCB2受容体陽性の免疫細胞が神経細胞を破壊することが病気の原因のひとつになっています。大麻草に含まれるカンナビノイドは、このCB2受容体に結合することで免疫のブレーキのように作用すると考えられます。CB2受容体の活性化に関してはこれまでも多発性硬化症などの炎症性疾患の症状を和らげることがわかっています。)

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実際の患者さんに対する大麻およびカンナビノイドを用いた調査や研究も小規模ではありますが始まっています。

ワシントン大学の Gregory Carter博士をはじめとした研究者は、実際のALS患者の大麻使用状況に関しての調査を行い、多彩な症状の緩和に有効であることを確認しています(Carter and Rosen, 2001)。(※ この論文の著者であるカーター博士に Green Zone Japan は先日、インタビューを行いました。その内容も追って報告させて頂きます。)また Amtmann らの2004年の調査では、アンケートに答えた ALS患者131人のうち13人(10%)が大麻草を使用しており、鎮痛、うつの軽減、食欲の回復、筋緊張と痙攣の緩和、睡眠の改善、よだれがこぼれるのが減ったなどのメリットがあったと報告しています(Amtmann et al., 2004)。

大規模比較試験は未実施ですが、多発性硬化症や HIV などのその他の疾患での研究成果を考慮すると、ALS患者においても同様に、症状緩和という点では大麻草には多彩な効用が期待されます。

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19世紀にこの病気が初めて報告されてから、多くの研究者がこの病気と向き合い、沢山の物質が治療薬としての期待を背負いながら、結局のところ決定的な治療法は見つからないままです。動物実験で成果が出ていながら、ALSの進行予防に関する大麻草及びカンナビノイド製剤の治験は、今のところ行われていません。臨床試験の本場であるアメリカでは、州法で医療大麻を合法化した地域が過半数を超えていますが、連邦法では違法というねじれ現象が残存しています。そのため、FDAから許可が下りないなど、なかなか思うように臨床試験が行えないようです。

しかし、大麻草の医療利用はここ10年で急速に一般化しつつあります。この流れは今後より一層広がっていくでしょう。将来的には欧米諸国で、ALS についても大規模な臨床試験が行われる事が予想されます。

しかし、我々はいつまで待たないといけないのでしょうか? 今も私が働く病棟には、毎週、新規の ALS患者さんが入院してきます。多くは60代以降の中高年の方ですが、ときに 20代の患者さんもおられます。そんな患者さんたちに、我々は控え目に診断名を告げます。この人からみれば、自分は死神みたいに見えるのではないかと怖れながら。

カンナビノイドによるアプローチは、抗炎症、抗酸化、グルタミン酸からの保護など、多面的な治療効果が期待でき、症状の緩和だけでなくALS の進行自体を抑える見込みがあります。可能性があるのなら、藁にでもすがりたい。それは患者さんも、家族も医療従事者も皆、同じ想いです。そして大麻草というのはほんの数十年前までは文字通り、藁のように路傍に生えていたものなのです。

この記事は Neural Regeneration Research 2016 vol.11の “Can cannabinoids be a potential therapeutic tool in amyotrophic lateral sclerosis?” を参考に、Green Zone Japan が大幅に加筆、修正を加えて作成したものです。

御意見、御質問などは y-masataka@greenzonejapan.com までお願いします。

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