医療用大麻とトゥレット症候群:研究の歩み(2002–2025)

2025.10.10 | 病気・症状別 | by greenzonejapan
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医療用大麻とトゥレット症候群:研究の歩み(2002–2025)
2025.10.10 | 病気・症状別 | by greenzonejapan

・トゥレット症候群とは?
トゥレット症候群(TS)は、小児期に発症する神経発達症の一つで、複数の運動チック(まばたき、首振り、顔しかめなど)と少なくとも1つの音声チック(咳払い、喉鳴らし、単語の発声など)が1年以上持続する状態を指します。多くは5~7歳で始まり、10~12歳頃にピークを迎え、その後は波を描くように強まったり弱まったり(寛解と増悪の反復)しながら、思春期~若年成人期に自然と軽快していく方も少なくありません。
TSの方の多くに、注意欠如・多動症(ADHD)、強迫症状(OCD的傾向)、不安・抑うつ、睡眠問題、学習上の困難が併存します。これらが生活の質(QOL)や家族・学校・職場での適応に与える影響は、チックそのものと同等かそれ以上になることもあります。診断は問診と観察が中心で、特別な検査は不要です(他の疾患や薬剤の影響が疑われるときのみ鑑別を行います)。
治療はまず病態理解(心理教育)と環境調整、そして行動療法(ハビット・リバーサルを含むCBIT)が基本です。必要に応じて薬物療法(例:α2作動薬、抗ドパミン薬)を併用し、まれに重症例では脳深部刺激療法が検討されます。
十分な改善が得られない人への新たな選択肢として、医療用大麻(カンナビノイド製剤)を検討する臨床研究がこの20年で少しずつ蓄積されてきました。ここでは年次順に主要研究を一般向けにわかりやすく整理します(行動療法が第一選択である点は現在の国際ガイドラインでも変わりません。)

①2002年:THC単回投与(成人、小規模クロスオーバー試験)

内容:成人TS患者12名にΔ9-THC(5–10mg)を単回投与し、プラセボと比較。
結果:患者自己評価のチック症状が有意に改善。重大な有害事象は報告されず。
ポイント:最初期のRCTで「THCでチックが減る可能性」を提示

②2003年:THCの6週間投与(成人、二重盲検RCT)

内容:成人24名に最大10mg/日・6週間の経口THCまたはプラセボ投与。
結果:チック重症度(YGTSS)などの複数尺度で改善または改善傾向を示唆。
安全性/認知機能:同集団でのサブ解析では神経心理機能の悪化は確認されず。
ポイント:短期継続投与でも「有効性の兆し」と「明確な認知悪化は観察されず」

③2022年:実臨床に近いオープンラベル前向き試験(成人)

内容:成人TS患者群で12週間の医療用大麻を前向き観察(用量・製剤は個別調整)。
結果:チック重症度(YGTSS)や前駆衝動(PUTS)が改善。
安全性:口渇、疲労、めまい、集中しづらさ等の軽〜中等度の副作用が一定頻度で発生。
ポイント:現実的運用下で有効、かつ忍容性は問題ない可能性。ただし対照群なし。 

④2023年:気化(吸入)大麻製品の単回クロスオーバー試験(成人)

内容:成人TSで3種の医療用大麻花穂吸入とプラセボを単回比較(12名登録・9名完遂)。
結果:主要評価項目の動画ベース指標では有意差なし。一方で前駆衝動(PUTS)や臨床全般改善度(CGI-I)はTHCで良好という所見。有害事象はTHCで多め。
ポイント:主要評価項目では陰性だが、一部の二次評価項目では改善。製剤形式・単回投与という条件の影響も考えられる。

⑤2023年:経口THC:CBD=1:1製剤の6週間クロスオーバーRCT(成人)

内容:重症TS群を対象に、Little Green Pharma社の大麻オイルを6週間漸増しプラセボと比較。
結果:YGTSSが有意に低下。一部参加者で思考の緩慢化・物忘れ・集中低下などの認知副作用がみられた。
ポイント:有効性のシグナルとともに、認知面の副作用に注意が必要。 

⑥2023年:Sativexを用いた第IIIb相RCT(成人)

内容:TS/慢性チック障害の成人97名を2:1でSativex対プラセボに無作為割り付け。
結果:主要評価(YGTSSの25%以上改善率)は未達。ただし探索的解析や一部サブグループ(例:男性、重症、ADHD併存)で効果示唆。安全性上の大きな問題は報告なし。
ポイント:最大規模のRCTで主要評価項目は未達。対象・用量・評価設計の最適化が今後の課題。

⑦2025年:思春期(12–18歳)のパイロットオープンラベル単群投与

内容:THC:CBD=10:15オイルを就寝前に用量漸増(体重<50kgはTHC最大10mg/日、≥50kgは最大20mg/日)。0日目・29日目・85日目で多面的に評価。
結果:医師評価の機能障害や保護者評価の重症度・QOLが有意な改善。重篤な有害事象は認めず、主な副作用は眠気・だるさ、口渇。
ポイント:効果の兆しと概ね良好な安全性が示唆され、本格RCTの必要性が強調。 

・ここまでの共通点と違い

共通点:
成人ではTHC単独またはTHC:CBD併用によりチック低減が複数の試験で観察。
安全性は概ね許容範囲だが、眠気・口渇・めまいなどに加え、認知面(思考の遅さ、記憶低下、集中困難)が出る人もいる。用量設定や投与タイミングの工夫が重要。 

相違点:
製剤・投与経路(経口/気化/口腔スプレー)、試験デザイン(単回/反復、対照の有無)、評価法がまちまちで、結論のばらつきに影響。
最大規模RCT(Sativex)では主要評価項目は未達で、効果が期待できるサブグループの特定や至適用量の検討が課題。 

小児・思春期:
2025年に初の思春期データが登場したばかり。理論上は有望だが、有効性確認はこれから。

・まとめ:今、患者さんとご家族が知っておきたいこと

第一選択は行動療法と処方薬:カンナビノイドは既存治療で十分な改善が得られない場合の候補として、かかりつけ医と相談のうえ慎重に検討しましょう。
有効性のシグナルはあるが、エビデンスはまだ限定的:特に成人の一部のRCTで改善が示される一方、大規模試験で主要評価未達という結果もあります。個別化(症状の型、併存症、生活背景)と試験設計の最適化が今後の鍵です。
安全性は総じて許容範囲、ただし認知面などに注意:眠気や口渇などの軽~中等度の副作用に加え、思考の緩慢化や記憶低下が出る人もいます。開始は低用量・就寝前などの工夫、定期的な評価が大切です。
10代の研究はスタート地点に立ったところ:2025年のオープンラベル試験で前向きなシグナルが示され、二重盲検パイロット試験も進行中です。長期影響や発達への影響を含め、今後の更なる研究が求められます。

執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師)

経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。

研究分野:臨床カンナビノイド医学

活動: 2017年に一般社団法人Green Zone  Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。

書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン)

所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員)

更新日:2025年8月21日

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