日本では CBN の指定薬物化をめぐってパブリックコメント募集中ですが、実はアメリカでも今まさに、これと非常によく似た問題が持ち上がっています。その概要とこれまでの経緯を解説します。
背景1:つなぎ予算案の可決
アメリカの連邦政府は、法律により議会が定めた予算に基づいて運営されます。この予算が新たな会計年度が始まるまでに成立しない場合、政府機関は資金不足に陥り、不要不急の業務が停止する「政府閉鎖(Government Shutdown)」となります。直近では2025年10月1日にアメリカは政府閉鎖となり、現役の軍人、航空管制官、運輸保安庁(TSA)職員をはじめ、公務員に給与が支払われないという事態を招きました。
この政府閉鎖は、11月12日につなぎ予算法案が可決されたことで終了し、政府は通常の機能を取り戻しましたが、問題は、このつなぎ予算案のなかに、ヘンプ由来CBD製品に関する規制強化がこっそり盛り込まれていたことです。これは主に2018年農業法(Farm Bill)の抜け穴を塞ぎ、向精神性のある製品を市場から排除することを目的としています。
ヘンプ由来CBD製品の規制強化の主要なポイント [1] THCの定義と制限の変更 最も大きな変更点は、連邦法における「ヘンプ」の定義を厳格化したことです。• 影響: 以前はTHCA(加熱する前の非向精神性物質)はカウントされなかったため、THC含有量の高い麻(大麻に類似した花穂)が合法的に販売されていましたが、新基準によりこれが不可能になります(いわゆる「THCAの抜け穴」を閉鎖)。また、最終製品に含まれるTHCの絶対量が制限されることで、フルスペクトラムCBD製品など、微量のTHCを含む製品の多くが事実上禁止される可能性があります。 [2] 合成カンナビノイドおよび非天然カンナビノイドの禁止 • 規制内容:化学的に合成された、または大麻草の植物(Cannabis sativa L.)によって自然に生成されないカンナビノイドを含む製品は、「ヘンプ」の定義から除外され、連邦麻薬取締法上のマリファナと同じ扱いになる可能性があります。 • 影響: ヘンプ由来のCBDを化学的に変換して作られるデルタ-8 THCやデルタ-10 THCなどの製品は、基本的に連邦レベルで違法となります。 [3] 規制の施行時期 • 施行時期: これらの規制変更は、法案成立から365日後に発効するとされています(つまり、約1年間の猶予期間があります)。 [まとめ] この法案は、CBD自体が違法となるわけではありませんが、向精神性を持つヘンプ由来製品を市場から排除し、規制されていないTHC製品の流通を厳しく取り締まることを目的としています。特に、多くの消費者向けフルスペクトラムCBD製品や、Δ8- THC製品を製造・販売しているヘンプ産業に甚大な影響を与える変更だと見られています。
背景2:行き場のないCBD
そもそもなぜCBD製品の規制が強化されたのか。元を辿ると、その原因の一つは、CBDの供給過多です。2018年農業法によってヘンプが農作物として栽培できるようになると、CBD抽出を目的に大麻を栽培する農家が一気に増え、その結果、CBD製品の原料が供給過多になり、価格が暴落し、行き先のないCBDが山積みになりました。
アメリカにおけるヘンプの栽培面積の推移 (Source: CannMed 2022, Oregon CBD のプレゼンテーション)
そこでCBD製品の業者が知恵を絞って考えだしたのが、CBDに手を加えて作る半合成カンナビノイドでした。Δ8-THC やΔ10-THC といったTHC異性体、HHC や H4CBD といった水素化カンナビノイド、THC-O、THCP、HHCPOといったより強力な誘導体などがそれにあたります。こうした製品は、ヘンプ由来であるということを理由に、CBD製品と同じく連邦レベルで合法であり、州境をまたいで全米で販売でき、大麻製品の栽培・加工・販売に必要な州政府の許可も不要、税金がかからないため価格も大麻製品と比べて安い、などの理由から、市場に製品が溢れました。
背景3:大麻業界との軋轢
当然、嗜好大麻のユーザーの一部は大麻製品よりもこうした半合成カンナビノイド製品を選ぶようになります。
日本にいると理解しにくいのですが、アメリカには「大麻産業」と「ヘンプ産業」が別々に存在しています。大麻がいまだスケジュール I の薬物であるがために、大麻の運用制度は各州が担っており、上述したように、その栽培・加工・販売には州政府の認可が必要で、製品には高い税金がかかるだけでなく、バッチごとの検査が義務付けられ、州境を超えての販売が許されず、さらに銀行との取引ができないため事業のすべてを現金で行わなければならないなど、さまざまな足枷があります。
一方で、ヘンプ由来CBDについてはこうした足枷が一切なく、規制の枠組みがないため、いわば「無法地帯」でした。市場には、わざと通常のお菓子に似せた製品が出回り、それと知らず食べた子どもが救急搬送されるといった事故も相次ぎました。そういうヘンプ由来向精神製剤に顧客を奪われれば、大麻産業が怒るのも当然と言えるでしょう。ヘンプ由来だから合法だ、と主張するヘンプCBD業界に対し、大麻産業側は、向精神薬は規制物質法(CSA)の規制対象なのだから非合法だと主張し、両者は激しく対立しています。
カリフォルニアで販売されていたヘンプ由来合成カンナビノイド製品の例。
Source: Project CBD “報告書パンドラの匣:陶酔作用を持つヘンプ由来のカンナビノイド—全国に広がる規制不在の市場が孕む危険性について”
規制の先陣を切ったカリフォルニア
実はカリフォルニア州では、今回のTHC規制とよく似た、しかもさらに厳格にTHCを禁じた規制を1年前(2024年10月)に施行し、連邦政府よりも一足先に一般小売店からTHC含有CBD製品を排除する措置を講じました。連邦法よりも厳しい車の排ガス規制法案をカリフォルニア州が定め、それが全国に普及したのと同様に、カリフォルニア州で起きたヘンプ由来CBD製品におけるTHC排除の動きが連邦レベルに広がった、とも読めます。
ただしこのときは、実際には取り締まりは厳しくなく、またヘンプ由来製品は他州のものも購入できるため、ユーザーにパニックが広がるほどの大きな影響はなかったようです。ところが今回、連邦レベルでこうした規制が施行されれば、全国の市場から一斉にTHCを含有した製品が排除されることになります。
巻き添え被害を受ける患者
「ヘンプ由来の向精神薬」はヘンプ由来CBD製品の一部であり、向精神作用を持たない(つまりTHCの含有量がごく微量である)CBD製品ももちろん存在します。そして、規制のゆるさや生産規模の大きさから比較的低価格で手に入るそれらを、医療用途で使用しているユーザーは多数にのぼります。
ところが今回の規制では、向精神作用を求めてではなく医療目的で使用されている製品の多くも規制の対象となります。たとえば下は、シャーロッツ・ウェブのティンクチャーの中で特に「THCフリー」と謳っている製品の分析証明書ですが、1回の用量(1 ml)あたりのTHC総量が 0.0235mgとなっており、この30 ml入りの製品は 30回分なので、ボトル全体に含まれるTHC総量は0.705mg となり、政府が新たに定めた基準値(0.4mg)を超えてしまうのです。
つまりこれは、てんかんにCBDが効くということを世界に知らしめたシャーロッツ・ウェブを、てんかんの患者が使えなくなる、ということです。このように、一説には、現在市場に流通する製品の95%が規制対象にあたると言われます。
それでもアメリカには大麻産業がありますから、CBD製品がまったく手に入らなくなるわけではありません。でも、サプリメントとして購入していたCBD製品の代わりにそれと同等の量のCBD製品をディスペンサリーで買うと価格が数倍になりますし、そもそもそれまでその患者に効いていた製品と同様の効果がある製品がディスペンサリーで見つかるという保証もありません(Dr. Bonni Goldstein博士の私信より)。
どこかで見た状況ですね? そう、日本で問題になっているCBN規制問題と状況がよく似ています。アメリカのTHC規制も日本のCBN規制も、柔軟さを欠く不用意な基準を設ければ、「向精神作用のある製品を排除しようとした結果、医療目的で使用していたユーザーが巻き添えになり、健康維持に必要な製品が入手できなくなる」という事態が起きるのです。
1年後の施行に向けて
この規制の発効は、つなぎ予算案の可決の1年後、2026年11月13日です。すでに、たとえば Hemp Roundtableといった業界団体をはじめ、医師、その他さまざまな人が反対の声を上げ、「禁止ではなく規制を」と訴えて、署名活動や議員への働きかけなどを呼びかけています。
https://hempsupporter.com/trump/
https://impact-cw.nationbuilder.com/protect-hemp-access
今回の規制がこのまま1年後に施行されれば、向精神作用を持つ製品をめぐる大麻業界とヘンプ業界の不公正な競争は是正されるでしょう。でもそれと同時に、この戦いに巻き込まれて巻き添え被害を被るのは患者です。科学的な根拠に基づいて考えれば、向精神薬を求める消費者を合法的に満足させ、不公平な競争を防ぎ、健康上の理由で(微量のTHCが含まれる)CBD製品を必要とする人がそれを安価に手に入れることができる、そういう解決法があるはずです。そして、日本のCBN規制についてもまったく同じことが言えるのです。
アメリカの反規制ロビー活動がどのように展開し、どのような成果を上げていくのか、注視していくとともに、日本でもCBNを必要とする人が使い続けていけるよう、皆さんの声を届けましょう。
CBNの指定薬物指定に関するパブリックコメントはこちらから(募集期間は11月27日とありますが、1ヶ月延長されています。)
CBNの指定薬物化に反対する署名はこちらから
文責:三木直子(国際基督教大学教養学部語学科卒。翻訳家。2011年に『マリファナはなぜ非合法なのか?』の翻訳を手がけて以来医療大麻に関する啓蒙活動を始め、海外の医療大麻に関する取材と情報発信を続けている。GREEN ZONE JAPAN 共同創設者、プログラム・ディレクター。)
• 影響: 以前はTHCA(加熱する前の非向精神性物質)はカウントされなかったため、THC含有量の高い麻(大麻に類似した花穂)が合法的に販売されていましたが、新基準によりこれが不可能になります(いわゆる「THCAの抜け穴」を閉鎖)。また、最終製品に含まれるTHCの絶対量が制限されることで、フルスペクトラムCBD製品など、微量のTHCを含む製品の多くが事実上禁止される可能性があります。



文責:三木直子(国際基督教大学教養学部語学科卒。翻訳家。2011年に『マリファナはなぜ非合法なのか?』の翻訳を手がけて以来医療大麻に関する啓蒙活動を始め、海外の医療大麻に関する取材と情報発信を続けている。GREEN ZONE JAPAN 共同創設者、プログラム・ディレクター。)
コメントを残す