近年、米国を中心に医療大麻の利用が急速に拡大しています。その背景には、州レベルでの合法化の進展や、慢性疼痛、不安症、心的外傷後ストレス障害(PTSD)といった疾患に対する治療の可能性への関心の高まりがあります。これらの疾患を抱える患者の多くが、共通して「睡眠の質の低下」を訴えており、医療大麻を使用する主な動機の一つとして、入眠の困難さや中途覚醒の改善を挙げています。
しかし、医療大麻の使用が長期的に睡眠にどのような影響を与えるのかについての科学的根拠は、これまで限定的でした。初期の改善は報告されているものの、その効果が持続するのか、あるいは耐性が生じるのかについては、研究によって結果が分かれていたからです。
2025年に発表された最新の研究(Short et al.)は、このギャップを埋めるべく、医療大麻を開始した成人の睡眠の質を12ヶ月間にわたって追跡調査しました。本記事では、この研究結果を詳しく解説し、医療大麻が睡眠に与える影響の最前線に迫ります。
研究の背景と目的:なぜ「長期的な調査」が必要だったのか
医療大麻の開始直後に、入眠までの時間が短縮されたり、総睡眠時間が増加したりするという主観的な改善を報告する観察研究はいくつか存在します。例えば、過去の研究では、医療大麻患者が使用開始前よりも平均して約30分早く入眠できたという報告もあります。
しかし一方で、頻繁な大麻使用が全体的な睡眠の質の低下と関連しているという報告もあり、ベネフィットが一定でない可能性が指摘されてきました。また、THCの長期使用による耐性の形成や、日中の眠気といった副作用への懸念も根強く残っています。
そこで、ペンシルベニア州フィラデルフィアの臨床心理学研究チームらは、以下の2つの仮説を検証するために本調査を実施しました。
1.医療大麻の開始後、12ヶ月間にわたって全体的な睡眠の質が改善する。
2.カプセルやオイルなどの「経口摂取」を好む患者は、他の摂取方法(吸入など)に比べて、より大きな改善を示す。
後者の仮説は、経口摂取が吸入に比べて吸収が遅く効果の発現が遅いものの、効果の持続時間が長いという特性に基づいています。睡眠を維持するためには、この持続性の長さが有利に働くと考えられたためです。
調査の方法:信頼性の高い指標「PSQI」による評価
この研究は、ペンシルベニア州で新たに医療大麻の紹介を受けた137名の成人を対象に行われました。ペンシルベニア州の医療大麻法(Act 16)では、州が承認した24の特定の疾患(慢性疼痛、不安症、PTSDなど)を持つ患者のみが大麻へのアクセスを許可されています。
研究チームは、睡眠の質を客観的に評価するために、世界的に標準化された質問票であるピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)を使用しました。PSQIは過去1ヶ月間の睡眠状態を測定するもので、以下の7つの項目(サブスケール)から構成されます。
・主観的な睡眠の質
・入眠潜時(眠りにつくまでの時間)
・睡眠時間
・習慣的な睡眠効率
・睡眠障害
・睡眠薬の使用
・日中の機能障害
各項目は0〜3点でスコア化され、合計点(グローバルスコア)は0〜21点となります。点数が高いほど睡眠の質が悪いことを示し、「5点を超える」場合は睡眠の質が低い(Poor Sleep Quality)と判断されます。本研究の参加者は、全員がベースライン(開始時)で5点以上のスコアを持っていました。調査は、医療大麻開始前(ベースライン)と、開始後3、6、9、12ヶ月の計5回にわたって実施されました。
主要な結果:睡眠の質は大幅に、そして継続的に改善した
調査の結果、医療大麻の使用開始後、患者の睡眠の質には劇的な改善が見られました。
早期かつ持続的な改善
グローバルスコア(全体的な睡眠の質)は、ベースライン時と比較して3ヶ月後の時点で有意に改善(30.1%減少)しました。最も注目すべきは、この改善が3ヶ月、6ヶ月、9ヶ月、12ヶ月のすべての追跡ポイントで維持されていたことです。フォローアップ期間中(3〜12ヶ月の間)にスコアの有意な差は見られず、医療大麻による睡眠の改善効果が、少なくとも1年間は安定して持続することを示唆しています。
すべてのサブスケールでの向上
改善は全体的なスコアに留まりませんでした。PSQIの7つのサブスケールすべてにおいて、ベースライン時よりもフォローアップ時の方が有意に良いスコアを記録しました。つまり、「寝付きが良くなる(入眠潜時の改善)」だけでなく、「睡眠時間が長くなる」「夜中に目が覚める回数が減る(睡眠障害の減少)」「日中の眠気が改善する」といった多角的な恩恵が報告されたのです。
また、興味深いことに「睡眠薬の使用」スコアも減少しており、3ヶ月目から6ヶ月目にかけてさらなる改善が見られた項目もありました。
摂取経路と疾患による違い:意外な分析結果
研究チームは、患者の背景や使用方法によって効果に差が出るかどうかも分析しましたが、いくつかの意外な事実が明らかになりました。
摂取経路(経口 vs その他)に差はなし
研究チームの当初の予測に反し、カプセル、オイル、チンキなどの「経口摂取」を好むグループと、それ以外の吸入などを好むグループの間で、睡眠の質の改善度合いに有意な差は見られませんでした。
調査対象者の41%が経口摂取を好んでいましたが、どちらのグループも同程度の改善を報告しました。これは、医療大麻の利用者が症状や製品の入手可能性に応じて、摂取方法や製剤を頻繁に変更している可能性や、どの経路であっても睡眠に対する一定の治療効果が得られる可能性を示唆しています。
元の疾患(疼痛、不安、PTSD)による違い
医療大麻が推奨された主な理由である「慢性疼痛」「不安症」「PTSD」のいずれのグループにおいても、睡眠の質の改善傾向は同様に見られました。疾患の種類によって大麻の睡眠への効果が左右されることはなかったということです。
ただし、PTSDを理由に医療大麻を使用している患者は、他の疾患の患者に比べて、全体的に睡眠の質が有意に低い(スコアが高い)ことも判明しました。PTSD患者も医療大麻によって睡眠の改善を経験してはいるものの、依然として深刻な睡眠問題を抱えている傾向があり、より包括的なアプローチが必要であることを示しています。
議論と今後の課題:この研究結果をどう解釈すべきか
本研究は、長期的な視点で医療大麻と睡眠の関係を明らかにした貴重なデータを提供していますが、同時にいくつかの限界も示されています。
主観的評価の限界:この調査は患者の自己申告(主観的評価)に基づいています。医療大麻を使用しているという事実が、「きっと良くなるはずだ」という期待感(プラシーボ効果)を生み、スコアを過剰に改善させている可能性は否定できません。今後、アクチグラフや睡眠ポリグラフなどの客観的な測定機器を用いた検証が求められます。
用量・成分データの欠如:患者が実際にどれくらいの量のTHCやCBD(カンナビジオール)を、どのような頻度で摂取したかという詳細なデータは収集されていません。カンナビノイドの比率や用量が睡眠の結果に大きく影響する可能性があるため、これは今後の重要な研究課題です。
他の治療の影響:患者が医療大麻と並行して行っていた可能性のある他の薬物療法や行動療法の影響は考慮されていません。
サンプルの偏り:参加者の多くが白人女性であり、より多様な集団にこの結果が当てはまるかどうかはさらなる調査が必要です。
因果関係の証明:本研究は観察研究であり、厳密な因果関係を証明するランダム化比較試験(RCT)ではありません。
結論:医療大麻が持つ「睡眠補助」としての可能性
今回の12ヶ月間にわたる追跡調査は、医療大麻が慢性的な健康課題を抱える成人の睡眠の質を、早期に、そして長期にわたって改善する可能性があることを強く示唆しています。
特に、入眠、睡眠維持、そして日中のパフォーマンス向上という幅広い項目で改善が見られたことは、既存の治療法では十分な効果が得られない、あるいは副作用に苦しんでいる患者にとって、医療大麻が有望な選択肢になり得ることを示しています。
医療大麻の臨床的なガイドラインを確立するためには、さらに客観的で詳細な研究が必要ですが、本研究の結果は、睡眠障害のマネジメントにおける医療大麻の潜在的な役割を裏付ける重要な一歩と言えるでしょう。
睡眠に悩む多くの人々にとって、医療大麻が「一過性の流行」ではなく、持続可能な「医療の道具」として確立される日が近づいているのかもしれません。
参考文献:
本記事は、以下の学術文献に基づいて作成されています。
Short, M. M., Lent, M. R., McCalmont, T. R., & Dugosh, K. L. (2025). Changes in sleep quality during the 12 months following medical cannabis initiation. Journal of Cannabis Research, 7:106. https://doi.org/10.1186/s42238-025-00376-7
執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。 書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン) 所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員) 更新日:2026年1月27日
執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone
コメントを残す