【専門解説】大麻エディブル:誤飲事故予防のためのガイドラインの必要性

2026.02.28 | 安全性 海外動向 | by greenzonejapan
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【専門解説】大麻エディブル:誤飲事故予防のためのガイドラインの必要性
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近年、米国を中心に大麻の合法化が進む中、特に懸念されているのが子供による大麻含有食品(エディブル)の誤飲事故です。2025年1月1日時点で、米国では24の州とコロンビア特別区で嗜好用大麻が合法化されています。この社会背景の変化に伴い、子供が誤って大麻を摂取してしまうケースが増加しており、医療現場や家庭での対策が急務となっています。

本記事では、専門誌に掲載された論文「Recommendations for the Clinical Management and Prevention of Pediatric Cannabis Edible Ingestions」に基づき、大麻エディブルが子供に与える影響、実際の症例、そして事故を防ぐための具体的な対策について解説します。

急増する小児の誤飲事故:驚くべき統計データ

大麻エディブルの普及は、子供たちにとって健康リスクをもたらしています。統計によると、2017年から2021年の間に、5歳以下の子供における大麻露出(摂取)の報告数は1375%も増加しました。驚くべきことに、これらのケースの90.1%は子供の自宅で発生しています。

エディブルの誤食が発生する理由は、製品の見た目にあります。多くの大麻エディブルは、一般的なスナック菓子、クッキー、グミ、ブラウニーなどと見分けがつかないように製造・パッケージングされています。子供たちは、それが大麻を含んでいるとは知らずに、単なるお菓子として食べてしまうのです。また、大麻が合法化された州では小売店へのアクセスが容易になり、家庭内にこれらの製品が持ち込まれる機会が増えたことも、事故急増の背景にあります。

衝撃の症例:生後15ヶ月の男児が陥った危機

論文では、実際にある病院に救急搬送された15ヶ月の男児(体重10kg)のケースが紹介されています。
この男児は、意識障害とチアノーゼ(皮膚や粘膜が青紫色になる状態)を呈して救急外来に運ばれました。両親は、子供が症状が出る前に大麻入りのブラウニーを食べたことを認めました。彼らは自宅の寝室に、市販のスナック菓子にそっくりなパッケージの大麻入りブラウニー、シリアル、クッキー、グミを保管していました。

【経過と症状】
摂取から約30分後、男児は強い眠気と呼吸困難に陥りました。救急隊が到着した際、男児の呼吸数は1分間に12回(低下状態)で、心拍数は145回(頻脈)でした。病院への搬送中、オピオイドの同時摂取が疑われたため、救急薬のナロキソンが投与されました。救急外来での診察では、昏睡状態で呼びかけに反応せず、両目の結膜が充血していました。薬物検査の結果、大麻の主成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)が陽性と出たことで、大麻エディブルの摂取が裏付けられました。この男児は集中治療室(PICU)で厳重な監視下に置かれ一命を取り留めましたが、退院後は保護者の養育権が制限され、親族に預けられることとなりました。

大麻が子供の体に与える影響:科学的メカニズム

なぜ、大麻は子供に対してこれほど深刻な症状を引き起こすのでしょうか。その鍵は、人体に備わっている「エンドカンナビノイド・システム」にあります。
私たちの体には、記憶、学習、情緒、痛みの知覚などを調節するエンドカンナビノイド・システムが存在し、CB1およびCB2という受容体に結合することで機能します。CB1受容体は主に中枢神経系に存在し、大麻の精神活性成分であるΔ9-THCはこの受容体に強く作用します。

【子供特有のリスク】
受容体の数と位置: 胎児期、小児期、成人期では、脳内のCB1受容体の数や位置が異なります。子供は大人に比べてCB1受容体の数が多く、THCに対してより敏感に反応する可能性があります。
中毒閾値: 子供は大人に比べて体重あたりの中毒閾値が低く、少量の摂取でも重症化しやすいことがわかっています。
薬物動態の違い: エディブルとして摂取されたTHCは、体内で吸収・代謝されるまでに時間がかかるため、症状が出るのが遅れ、かつ長時間持続する傾向があります。
子供が大麻を摂取した場合、頻脈、呼吸抑制、運動失調(フラつき)、不明瞭な言語といった症状に加え、昏睡やけいれんといった生命に関わる重篤な事態に陥ることがあります。

臨床的な管理と診断の難しさ

医師が大麻中毒の子供を治療する際、いくつかの大きな課題に直面します。
まず、診断の遅れです。エディブルは摂取から症状が出るまでに30分から120分、あるいはそれ以上の時間がかかります。保護者が誤飲に気づいていない場合、子供の意識障害が他の疾患(脳炎やてんかんの後の状態など)と酷似しているため、原因の特定に時間がかかり、不要で侵襲的な検査が行われることもあります。
次に、標準的な薬物検査の限界です。一般的な尿検査(イムノアッセイ法)は、他の薬剤(プロトンポンプ阻害薬や非ステロイド性抗炎症薬など)に反応して偽陽性を示すことがあります。そのため、確定診断には時間がかかるより精密な血液・尿検査が必要となります。

【医療従事者への推奨事項】 論文では、保護者に対して以下のような具体的かつ非審判的な質問を行うことを推奨しています。
「自宅に、大麻、CBD、あるいはΔ8-THC、Δ10-THCなどの誘導体はありますか?」
「それはどのような形態(グミ、ブラウニー、飲料など)ですか?」
「製品のパッケージやラベルを持っていますか? 1回分あたりの含有量はわかりますか?」
現在のところ、大麻中毒に対する特異的な解毒剤は存在しません。治療の基本は、気道の確保、酸素投与、点滴などの支持療法(症状を和らげる治療)となります。なお、オピオイド解毒薬のナロキソンは大麻の効果を打ち消すことはできません。

「1.7 mg/kg」の壁:重症化を予測する指標

子供が大麻をどれくらい食べたら危険なのか、という疑問に対し、近年の研究で一つの指標が示されました。
ペピンら(Pepin et al.)の研究によると、体重1kgあたり1.7mg以上のΔ9-THCの摂取は、6歳未満の子供において重篤かつ遷延性の毒性を引き起こす高い予測因子となります。この閾値を超えた場合、約93%の確率で重症化し、約87%の確率で症状が長引くとされています。

例えば、体重16kg(3~4歳児の平均)の子供の場合:
1.7 mg/kg × 16 kg = 27.2 mg

一般的なエディブルグミ1個に含まれるTHCが10mgだとすると、たった3個食べただけでこの危険なラインを超えてしまいます。市場には1個で100mg、さらには1000mgを超えるTHCを含有する製品も存在しており、子供にとっては一口でも致命的な量になり得ます。

事故を防ぐための予防策と今後の展望
大麻エディブルによる悲劇を防ぐためには、家庭、コミュニティ、そして行政の三位一体の対策が必要です。
【家庭でできること】
保管の徹底: 大麻製品は、子供の手の届かない高い場所や、鍵のかかる容器(ロックボックス)に保管してください。
「見えない」工夫: 子供の好奇心を刺激しないよう、家庭内の普通のお菓子とは全く別の場所に隠して保管することが推奨されます。

【業界・行政への提言】
パッケージの規制: 子供がお菓子と間違えないよう、不透明で子供が簡単には開けられない(チャイルドレジスタント)パッケージを義務付けるべきです。また、THC含有量を示すユニバーサルシンボルの表示も不可欠です。
教育と啓発: ディスペンサリー(大麻販売店)の従業員は、購入者に対して家庭での保管リスクや誤飲時の対処法を教育する役割を担うべきです。
法規制の強化: 食品医薬品局(FDA)などの公的機関による、製品の強度(含有量)制限や、正確なラベリングに関する厳格な監督が求められています。

結びに:

大麻の合法化は社会に新しい選択肢をもたらしましたが、同時に最も脆弱な存在である「子供」へのリスクを浮き彫りにしました。子供はエディブルと普通のお菓子を区別できません。
医療現場では、今回紹介した1.7 mg/kgという基準や、標準化された治療プロトコルの導入が期待されています。しかし、最も重要なのは事故を未然に防ぐことです。「自分は大丈夫」と過信せず、大麻製品を「危険な薬物」と同様に厳重に管理することが、子供たちの未来を守ることにつながります。

日本のカンナビノイド製品市場においても、同じような安全性への取り組みが重要であることについては議論の余地はありません。

出典: Ricchezza J IV, Hernandez J, Ocasio AC, Lynch WJ Jr. Recommendations for the Clinical Management and Prevention of Pediatric Cannabis Edible Ingestions. J Pediatr Pharmacol Ther. 2025;30(6):752–759.

執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone  Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。 書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン) 所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員) 更新日:2026年1月27日

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