2018年に米国で「ファーム・ビル(農業法)」が可決されて以来、米国のカンナビノイド市場は劇的な変化を遂げました。この法律により、Δ9-THCの含有量が0.3%未満のカンナビビス・サティバL.が「ヘンプ」として定義され、マリファナの定義から除外されたことで、ヘンプ由来のカンナビノイド製品市場が急速に拡大したのです。
今回、Journal of Cannabis Researchに掲載された最新の論文(Satybaldiyevaら、2025年)は、米国成人におけるCBD、デルタ8 THC、CBN、CBG、HHCといった主要なカンナビノイド製品の生涯利用率とその利用目的を、全米代表サンプルを用いて包括的に調査した結果を報告しています。本記事では、この重要な研究内容を詳細に解説します。
1.研究の背景:規制のない市場と潜在的リスク
現在、米国の市場には多様なカンナビノイド製品があふれていますが、その多くは規制が不十分なまま流通しています。
天然抽出と化学合成: カンナビジオール(CBD)やカンナビゲロール(CBG)はヘンプに豊富に含まれており、直接抽出されるのが一般的です。一方、デルタ8 THCやヘキサヒドロカンナビノール(HHC)は植物中に微量しか存在しないため、通常は化学合成によって製造されます。
健康リスクの懸念: 未規制の市場には、製造過程での不純物の混入や、安全性テストの欠如といったリスクがあります。事実、デルタ8 THCに関しては、2020年から2022年の間にFDA(食品医薬品局)や毒物管理センターに2,000件以上の副作用報告が寄せられており、その中には小児の誤飲や医療介入が必要なケースも含まれています。
医学的根拠の不足: 多くの消費者が「健康へのメリット」を期待してこれらの製品を利用していますが、FDAが治療用として承認しているのは、特定のてんかん治療薬としてのCBD(エピディオレックス)のみです。
このような背景から、誰が、どのような理由でこれらの製品を使用しているのかを明らかにすることは、公衆衛生と規制の策定において極めて重要です。
2.調査方法:1,523名の全米代表サンプル
本研究は、2023年10月から11月にかけて、全米50州とワシントンDCの世帯の97%をカバーする確率ベースのオンラインパネル「Ipsos KnowledgePanel」を用いて実施されました。
対象: 18歳以上の成人1,523名(CBD使用者1,008名、非使用者515名を含む)。
調査項目:5種類のカンナビノイド(CBD、デルタ8 THC、CBN、CBG、HHC)の生涯利用経験。
利用目的(医療目的、娯楽目的、またはその両方)。
医療目的の場合、具体的な健康状態(オープン形式で回答)。
分析: 報告された健康状態は、国際的な医学用語集であるMedDRA(Medical Dictionary for Regulatory Activities)を用いて、標準化された用語にコード化されました。
3.カンナビノイドの普及率:CBDが圧倒的、デルタ8が続く
調査の結果、米国成人における各カンナビノイドの生涯利用率は以下の通りでした。
1.CBD(カンナビジオール):35.2%
2.デルタ8 THC:7.7%
3.CBN(カンナビノール):4.5%
4.HHC(ヘキサヒドロカンナビノール):1.5%
5.CBG(カンナビゲロール):1.3%
CBDは成人の3人に1人以上が経験しており、他の成分を大きく引き離しています。デルタ8 THCは2番目に普及しており、特に大麻が制限されている地域で、デルタ9 THCに代わる精神作用(いわゆる「ハイ」になる状態)を求めて利用される傾向があります。
4.利用目的の大きな違い:医療か、娯楽か
本研究の最も興味深い発見の一つは、成分によって利用目的がはっきりと分かれたことです。
医療目的が主流の成分(CBD、CBN、CBG、HHC)
CBD: 使用者の71.9%が医療目的で利用しており、娯楽目的(47.1%)を大きく上回りました。
CBN、CBG、HHC: これらも同様に、娯楽よりも医療目的で利用される割合が高い傾向にあります。特にCBNは「睡眠の質を高める」というメーカーの主張を反映してか、医療的な文脈で多く語られています。
娯楽目的が主流の成分(デルタ8 THC)
デルタ8 THC: 他の成分とは対照的に、76.1%が娯楽目的で利用しており、医療目的(50.9%)を上回りました。これは、デルタ8 THCがデルタ9 THCと同様の陶酔感を得るために使用されている実態を裏付けています
5.具体的にどのような症状に使われているのか?
医療目的で利用している回答者が挙げた具体的な理由は、以下の通りです。分析にはMedDRAの「基本語(Preferred Term: PT)」が用いられました。
CBDの主な利用理由:
不安 (14.7%)
痛み (13.1%)
関節痛 (11.2%)
不眠症 (9.5%)、関節炎 (6.9%)
デルタ8 THCの主な利用理由:
不安 (18.6%)
痛み (15.2%)
不眠症 (10.7%)
CBNの主な利用理由:
不眠症 (15.4%)
痛み (11.1%)
不安 (10.9%)
「不安」「痛み」「睡眠障害」は、調査したすべてのカンナビノイドにおいて共通の利用理由となっていました。また、CBDについては関節痛や関節炎などの「筋骨格系および結合組織疾患」での利用が目立つのが特徴です。
6.利用者の特徴:誰が使っているのか?
多変量解析により、特定の属性と利用経験の関連が明らかになりました。
CBDの利用者: 女性、若年層、過去に大麻や他の薬物の使用経験がある人、および自己申告による身体的健康状態や生活の質(QOL)が低いと感じている人に多い傾向がありました。これは、CBDが「ウェルネス(健康)」の向上を目的として宣伝されていることと関連している可能性があります。
デルタ8 THCの利用者: 若年層、および大麻や他の薬物の使用経験がある人に多いことが分かりました。
CBNの利用者: 高校卒業程度の教育を受けた人や、大麻・薬物使用経験者に多い傾向がありました。
全体として、既に大麻(THC含有)を使用したことがある人は、これらのヘンプ由来製品も試す可能性が非常に高いことが示されています。
7.まとめ
この調査は、米国におけるカンナビノイド利用の複雑な構図を明らかにしました。
CBDとデルタ8 THCが市場の主流であり、CBDは主に「健康管理」、デルタ8は「楽しみ」のために使われています。消費者は「痛み、不安、不眠」という現代社会の三大悩みを解決するために、これらの製品に手を伸ばしています。
今回の研究結果は、政策立案者が規制を検討し、公衆衛生担当者が消費者に向けた適切な教育キャンペーンを展開するための重要な基礎資料となるでしょう。
出典: Satybaldiyeva, N., Yang, K. H., Kepner, W., Ferran, K., & Leas, E. C. (2025). Prevalence and reasons for using cannabidiol, delta-8 tetrahydrocannabinol, cannabinol, cannabigerol, and hexahydrocannabinol among US adults. Journal of Cannabis Research, 7:100.
執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。 書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン) 所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員) 更新日:2026年1月27日
執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone
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