変わりつつある大麻とスポーツの関係

自らの肉体を頼りに、極限に挑むスポーツ選手たち。

卓越した身体的パフォーマンスを求められる彼等は、トレーニング以外にも、食事や休息の取り方など、常にベストな状態を維持する為の様々な手段を模索しています。近年、そんなアスリートの間でパフォーマンス向上のための大麻利用が注目を集めていることをご存知でしょうか?


スポーツの世界にはドーピング検査が存在し、競技毎に規定が異なりますが、オリンピックの規制基準を定めているのが世界ドーピング防止機構(WADA)です。現在 WADA の規制では、大麻やその成分も規制対象となっています。(ただし、CBD だけは既に規制対象を外れ、使用が認められています。)

 

このWADAに対して、2019年5月、「Athletes for CARE(ケアを求める競技者)」 という大麻擁護団体が、大麻および THC をドーピング規制対象から外すよう要請を行いました。

 

 

この団体は、元ヘビー級王者のマイク・タイソンを筆頭とした150名以上のトップアスリートにより構成され、アスリートの QOL や健康、障害予防のための大麻の解禁を訴えています。賛同者一覧には、アメリカンフットボール、総合格闘技、競泳、バスケットボール、自転車、スノーボード、ウルトラマラソンなど幅広い競技の選手が名前を連ねています。よく見ると、先日女子サッカーワールドカップでアメリカ代表を優勝に導いたメーガン・ラピノー選手の双子の妹、レイチェル・ラピノー選手の名前もあります。

特に目立つのは、MMA や UFC、ボクシングなどの格闘技や、アメリカンフットボール、アイスホッケーなどのコンタクトスポーツの競技者です。

これは第一に、コンタクトスポーツのプレイヤーが慢性的な痛みに苦しんでいるからでしょう。元 UFC 世界チャンピオンのフランク・シャムロックが、日本の the High Class というメディアのインタビューの中で、「16年という長いキャリアの間にあらゆる医薬品を試し、世界中の疼痛管理の方法に精通したが、結果、大麻はこれまで使ってきた鎮痛薬の中でベストである」と語っています。

 

 

そして第二に、俗に「パンチドランカー」と呼ばれる、慢性の脳への衝撃によるダメージ(慢性外傷性脳症:CTE)に対して、大麻が治療薬として期待されていることが挙げられます。

 

 

アメリカの4大スポーツの中でも最も人気があるのはアメリカンフットボールですが、アメフトにおいて、この CTE の問題は深刻です。Wikipedia には、「CTEに罹患したアメフト選手一覧」というページが存在し、そのリストは圧巻の長さです。これまでに 4,500人以上のプレイヤーが NFL を相手に提訴し、賠償金による和解に至ったと書かれています。

https://en.m.wikipedia.org/wiki/List_of_NFL_players_with_chronic_traumatic_encephalopathy

引退したトッププレイヤーが CTE により若くして急逝するその衝撃は、喩えるなら引退直後のイチロー選手が、野球の後遺症で亡くなるようなものです。CTE には現時点で確立された有効な治療法は存在しませんが、大麻の持つ神経保護作用は、この病気の症状緩和、予防及び進行抑制に有効であると期待されています。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6200872/


アスリートにとっての大麻使用のメリットはそれだけではありません。

大麻や CBD の精神作用は、競技に伴う極度の緊張からプレイヤーを解放し、迅速なリカバリーへの移行を促します。またカンナビノイドの持つ抗炎症作用が、酷使した肉体の回復を促進すると考え摂取しているプレイヤーも多くいます。性的マイノリティであることをカミングアウトした初の女性格闘家として知られる Liz Carmouche は、CBD を摂取することで、よりハードなトレーニングから、より速やかに回復すると語っています。

 

 

現状でカンナビノイドの使用をカミングアウトしているアスリートは氷山の一角であり、水面下での使用は想像以上に普及していると考えられます。たとえば、この賛同者一覧の中にはメジャーリーグベースボールのプレイヤーの名前はありません。これはメジャーリーグが、大麻成分を禁止薬物として規制している為でしょう。

しかし、調べてみると面白いことがわかります。二軍以下のマイナーリーグでの大麻規制は非常に厳しく、選手には抜き打ちの尿検査が行われ、3回目の陽性反応で100試合の出場停止、4回の陽性で追放という厳しい罰則が設けられています。

ところがです。これが一軍選手になると、抜き打ちの尿検査はなくなり、大麻使用の罰則は軽度の罰金に留まるのです。これは事実上、一軍選手に関しては大麻の使用が「非犯罪化」されていると言えます。

なぜこのようなシステムが採用されるに至ったのか。それは大リーグ選手組合が、大麻のドーピング検査と厳罰を止めるよう、2002年にリーグ側に交渉し、合意を勝ち取ったからです。(マイナーリーグの選手は組合に参加できないため、厳罰が適応されています。)これは、大リーグにも大麻を使用している選手が相当数、存在する事を示す証拠と言っても良いでしょう。
https://www.foxsports.com/mlb/story/major-league-baseball-and-marijuana-121116

 

このような状況を受けて、アスリートの大麻利用に関する科学的評価も始まっています。2019年6月28日にコロラドの研究チームが行ったアンケート調査の結果が報告されました。

 

これは、インターネットを中心に、現役のアスリートを対象にして大麻製剤(THC, CBD, もしくは両方)の摂取や効能について質問したもので、1,161 名の回答が得られました。回答者の大半は、40歳以上という比較的高齢のランニング、サイクリング、トライアスロンの競技者で、回答者の7割以上が、週に5日以上練習すると答えています。

その回答者のうち、26%が何らかの大麻製品を使用していると答えました。そのうち、医療目的と回答したのはおよそ3割、嗜好目的と回答したのも3割、医療と嗜好の両方の目的と回答した方が4割でした。

効用として挙げられていたのは、滋養強壮、パフォーマンスの向上、痛みの軽減、筋けいれんの軽減、リラックス効果、睡眠改善、吐き気の軽減、不安軽減などでした。

本調査では、市中の大麻を使用しているアスリートは、大きく三つのグループに分けることができると結論しています。

一つ目が、CBD のみを医療目的に最近使用するようになった高齢のグループ。
二つ目が、THC と CBD を医療と嗜好の両面で、週3回以下の頻度で使う「ライトユーザー」。
三つ目が、長期間にわたって、週に4回以上の高い頻度で THC と CBD を摂取している「ベテランユーザー」。

これまで大麻に嫌悪感を抱いていた高齢層の間でも、近年のムーブメントにより、大麻および CBD がパフォーマンス改善に役に立つと考える人が増えてきていることがわかります。

ちなみにこの調査では、CBD単体で摂取する人よりも THC と CBD を両方摂取する人の方が効用が大きく倦怠感などの副作用が少ないという結果を示しています。


 

この調査によって示される重要な点、それは医療目的と嗜好目的、パフォーマンス向上目的の明確な線引きは困難ということではないでしょうか? 日本の世論では、医療大麻は認めてもいいが、嗜好品はダメ絶対!という主張が、容認派においても多数派です。しかし、物事はそれほど簡単ではない、というのが私の考えです。

プロスポーツの世界は、宿命的に産業界の都合に左右されます。選手は放映権の都合で、過酷な日程での試合を強いられます。夜22時まで、全力で戦った後の体内にはドーパミンやアドレナリンがほとばしっていますが、選手は速やかなリカバリーを要求されます。翌朝には、大事な次の試合が控えているのですから。

そんな時、安らかに眠りにつく為に一服する大麻は医薬品でしょうか?
それとも嗜好品でしょうか?
WADAはどのような判断を下すのか、目が離せません。

 

文責:正高佑志(医師)

 

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