ドナルド・エイブラム博士に訊く – Part 2

2019.12.20 | GZJ 病気・症状別 | by greenzonejapan
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ドナルド・エイブラム博士に訊く – Part 2
2019.12.20 | GZJ 病気・症状別 | by greenzonejapan
2019年10月11日。サンフランシスコから、統合がん医療の専門家として医療大麻の使用を積極的に推奨し、映画『WEED THE PEOPLE——大麻が救う命の物語』にも出演されたドナルド・エイブラム博士が、Green Zone Japan の招きで来日されました。奇しくも、数十年ぶりの大型台風19号が首都圏を直撃したこの週末。翌日12日はホテルから一歩も出られず、予定されたこの日の講演もキャンセルせざるを得ないという事態でしたが、それでも台風一過の青空のもと、13日と14日の講演は予定どおり行われ、博士も滞在を楽しんで帰られました。 

滞在先ホテルでお話を伺いました。

<Part 1 はこちらから

がん治療と大麻

GZJ:『WEED THE PEOPLE』をご覧になっていかがでしたか?

DA:私はがん専門医です。「がん」「治癒」はどちらも重大な意味を含む言葉です。この映画を見て、私の患者を含めインターネット上で「大麻でがんを治した」と言っているたくさんの人たちのことを思い出しましたが、彼らは自分が標準治療も受けているということを忘れているんです。WTP に登場した子どもたちもみな標準治療を受けていますよね。

私が医者になりたての頃、若い女性でホジキンリンパ腫の患者がいました。抗がん剤治療を6サイクルするはずが、1回やって辛かったのでもう嫌だと言って1回でやめてしまった。5年後に検査しましたががんは見られませんでした。1サイクルの抗がん剤治療が効いたんですよ。どれくらい抗がん剤治療を受ければいいかは人によるんです。すぐには効果が表れない人もいる。WTP の子どもたちの例は、大麻ががんを治したのかどうかは曖昧で、決定的な証拠ではないと思います。ただ、症状を緩和させたことは確かです。普段から私が言っている通り、がんを患う人にとって大麻は非常に有効な薬であり、私は日々患者に大麻を勧めていますが、大麻でがんが治るわけではありません。

GZJ:つまり博士が大麻を勧めるのは、がん、あるいはがん治療に伴う症状の緩和のためであると。

DA:そうです。吐き気、食欲不振、疼痛、うつ、不安感、不眠症などのね。それらの症状はみな、大麻という薬が一つあれば対処できる。互いに薬物相互作用があったり、抗がん剤に影響を与える可能性がある医薬品を5つも6つも処方する必要はないんです。

GZJ:WTP は基本的に、標準治療を否定しているわけではないと思います。映画の中でゴールドスタイン博士が、カンナビノイドとゲムシタビンは相乗効果を発揮すると言っていましたね。

DA:試験管ではね。ただ、試験管の中で起きたことがそのまま人間に当てはまるわけではありませんからね。試験管の中と、代謝や免疫の機能が備わる人体では非常に大きな違いがある。そうでなければ、とっくにがんを治す薬が開発されているはずです。

GZJ:WTPは誤った印象を与えているということでしょうか?

DA:よく気をつけて見ていれば、子どもたちは標準治療を受けているしその効果も出ていると思いますが、映画の制作者はそのことよりも、大麻ががんの治療、とりわけ小児がんの治療に効果があるということを強調したかったように思います。私は成人のがんが専門なので映画に登場する小児がんについては詳しくありませんが。

大麻ががん細胞を殺すというエビデンスは主に、私の友人であるマヌエル・グズマンの研究から来ています。代謝作用にカンナビノイドが与える影響に関する研究中、マウスの脳腫瘍細胞を培養してカンナビノイドを投与したらすべての細胞が死んでしまった。2度めも同じ結果だったので、何かがおかしいのではないかと健常な脳細胞で試してみたら細胞は死ななかった、というのが発端です。その後、マウスの脳腫瘍細胞を使った数々の研究が行われています。

NASEM(The National Academy of Sciences, Engineering and Medicine)がまとめた『The Health Effects of Cannabis and Cannabinoids (大麻草およびカンナビノイドの健康への影響)』という報告書は、人間を対象とした研究のメタ解析のみが評価の対象とされていたんですが、がん治療に関しては、検討されたのは、マウスの脳腫瘍を使って行われた34の動物実験だけでした。34の研究のうち、1つを除くすべてで、カンナビノイドがマウスの脳腫瘍細胞を殺すという結果が見られました。

CB1 受容体は、人間や他の多くの動物において、脳に最も多く発現しています。そして THC は CB1 受容体と結合します。ですから、THC が脳腫瘍に対して抗がん作用を持つかもしれないということの裏付けはあるのです。ですが問題は、人体での実験は行われていないということです。これまでに人間を対象にして行われた唯一の実験は、THC:CBD比率が 1:1 の舌下投与薬ナビキシモル(サティベックス)を再発性グリオブラストーマ患者に投与したもので、12名の患者にはナビキシモルを、9名には偽薬を投与しました。合計21名ですから小規模な治験です。2017年2月に発表されたプレスリリースによると、ナビキシモルを投与された12名の1年後の存命率は83%で、対照群の 53%より高く、統計的に有意な差がありました。生存期間の中央値は試験薬群が 522日、対照群では 369日でした。残念ながらこの結果はプレスリリースとして発表されただけで、医学雑誌に論文として発表されてはいません。発表されればこれは重要です—大麻製剤ががん患者の寿命を延ばしたという初めての研究結果ですからね。

GZJ:GW製薬による治験ですね?

DA:そうです。サティベックスは GW製薬の薬です。基礎研究では、Dr. Ladin が、さまざまながん細胞における CB1 受容体と CB2 受容体の発現の増減と薬の効き目の関係についての論文を発表していますが一貫した関係性は見られませんでしたし、イスラエルの Dr. Meiri は各種のがん細胞にさまざまな大麻製剤を投与する研究を行っていますがそこでも一貫した効果は見られませんでした。効くことも効かないこともある。個人的には、がん細胞における受容体の発現と治療の効果を、もっと体系的に調べることができれば興味深い結果が得られるのではないかと思いますが。

GZJ:つまり現時点では、大麻によってがんが治癒するというエビデンスはないわけですね。

DA:腫瘍学で「がんが治癒した」というのは、5年間がんの兆候が見られなかったという意味です。大麻でがんが治ったと言っている人のほとんどは、まだ5年経っていないわけです。私はサンフランシスコで37年間がん専門医をしており、患者の多くは症状緩和に大麻を使っていますが、大麻を吸ってがんが治ったという人はいません。もちろん大麻の喫煙は大麻オイルとは違いますが、私の患者で大麻でがんが治った人はいないんですよ。

GZJ:症例報告はありますよね。

DA:映画の中でも言っているように、症例報告がいくらあってもそれは科学的エビデンスとは呼べません。

臨床試験の難しさ

GZJ:なぜそんなに臨床試験が少ないんでしょうか?

DA:アメリカでは、臨床試験に合法的に使えるのは NIDA が提供する大麻のみです。政府公認で大麻を栽培している Dr. ElSohly は、高THCのオイルと高CBDのオイルを開発し、必要な比率に混ぜることもできます。問題は倫理的なことですよ。がんの患者の一部には効果があると思われる標準治療を行い、一部には効かないかもしれない大麻製剤を与えるなんて、倫理審査会を通るわけがありません。標準治療を拒絶している人だけを対象にして、一部には大麻製剤、その他には偽薬を与える? それも倫理審査会は認めないでしょう。がんの治療薬の治験は設計が非常に難しいんですよ。GW製薬が行ったサティベックスの治験のように、抗がん剤と大麻製剤または偽薬を併用するという方法はあるが、それでは大麻そのものの抗がん作用を試験したことにはなりません。

私は研究者としてのキャリアをそろそろ終えますから、新しい臨床試験を行うことはないと思いますが、誰かが Dr. Elsohly の開発したオイルを使って試験をしてくれるといいと思いますよ。たとえば他の治療手段が尽きた人に、高濃度の THCオイルまたは CBDオイルを投与するとかね。ただしそれもまたバイアスの大きい治験ですよね、抗がん剤が徐々に効かなくなった人が対象なわけですから、良い結果を望みにくい。非常に難しい問題です。

ミネソタ州のがん専門医で、大麻でがんが治ったという患者から、その診療記録を集めて症例シリーズをまとめようとしている人がいます。アメリカ政府も代替・統合医療のための機関を持っていて、標準治療以外で自分のがんの治療に役立ったものがあると思われる場合はそれを報告することができます。たくさんの人からがんに効いたという報告が集まれば、それを研究しようというのです。だから私は常日頃から、大麻でがんが治ったという患者がいたら、それを政府に報告するよう勧めるんです。症例がたくさん集まるようにね。でも私の知る限り、それを実行する患者はあまりいません。

GZJ:大麻が連邦レベルで合法化されたら臨床試験はやりやすくなるんでしょうか?

DA:がんは大変興味深い研究分野です。がん治療は近年随分と進化して、標的療法や免疫療法を取り入れることで、治療薬の毒性もかなり低くなっています。ですから、特に大麻によるがん治療に研究人生を捧げようという医師がいるかどうかは私にはわかりません。製薬会社も、GW製薬以外で大麻製剤によるがん治療に興味を持っているところはないでしょう。仮に Dr. Elsohly の高濃度オイルで臨床試験をしたとして、そのオイルが医薬品として承認されるでしょうか? それをしようとしている製薬会社はありません。残念ながらアメリカでものを言うのはお金です——製薬業界の支持が必要なんです。大麻というのは単なる植物ですからね、特許が取れません。製薬会社にとっては研究する動機がないんですよ。

大麻は植物療法として非常に有効です。それを医薬品化しようという試みはうまくいかないと私は思います。私は大麻を植物として統合がん治療に使います。私は統合医療の重要性を大いに信じていますからね。ですからがんの標準治療の一部として大麻を取り入れているんですよ。

GZJ:今回の博士の来日中、がん専門医の先生方にお話をしていただく機会がないのを残念に思います。ルッソ博士のときは国立がんセンターでお話していただいたんですがそのときも数は少なかったし、今回も声をかけたんですがご興味がなかったようで。大麻は違法だし、手に入りませんから、大麻について肯定的な意見は聞きたくなかったのかもしれませんね。

DA: 知っても何もできないわけですからね。アジアでは何千年も昔から薬として使われてきた大麻を、進駐軍が禁止させたというのは理に適いませんね。それと 1961年の単一麻薬条約で、大麻は危険な麻薬ということになってしまったわけですが、本当は危険でも麻薬でもないわけです。政治家と行政が、何が薬で何がそうでないかを決めてしまうという良い例ですね。

GZJ:アメリカの医師の大半は今でも大麻に反対ですか?

DA:いや、その逆です。大半の医者は大麻について肯定的ですよ。67% だったかな、約3分の2は大麻を使うことに賛成しています。がん専門医に限れば 82%で、一番肯定する率が高いんですよ。私たちは大麻の効果を実際に目の当たりにしていますから。2014年に行われたこの調査で、一番賛成派が少なかったのはリウマチ専門医で、52% でした。変ですよ、大麻はリウマチに効果があるのに。がん専門医の 80% は患者と大麻の話をしますが、78% はそれは患者の方から切り出すと言っています。医者の方から話を持ち出さない理由は、大麻について十分知っている自信がある医師は 20% しかいないからです。教育の問題ですよ。

GZJ:エンドカンナビノイド・システムは医大の履修科目になっているんですか?

DA:なっていません。教えている医大は十数パーセントにすぎません。

医療大麻はどうあるべきか

GZJ:博士にとって、大麻を医薬品として使用するための理想的な枠組みはどういうものだとお考えですか?

DA:医療大麻反対派の医師で、大麻は決して医薬品にはなり得ない、なぜなら第1相から第3相まできちんと臨床試験をすることなど不可能だし、規格化したり用量を定めることもできないから、と主張する人がいるんですが、彼女の言うとおりだと思いますよ。だから私も前から言っているんです。大麻を医薬品化しようとする試みは必ず失敗するとね。大麻は何千年も前から存在している植物療法です。そして効果がある。それを医薬品にしようとするのが問題なんです。

大麻は植物性のサプリメントとして扱い、同時にタバコや酒と同じように規制すべきです。一定の年齢制限を設けてね。

GZJ:自分で栽培することが許されるべきだと思いますか?

DA:私は私のがん患者全員に、何をすることで喜びを感じますか、と尋ねます。たくさんの患者が「ガーデニング」と答えます。自分ががんで、体の一部が死んでしまった、あるいは自分は死ぬんだ、と思っている人にとって、土の中から生命を育てることができるというのはこの上ない喜びなんですよ。そして自分自身で自分の薬を育てることができるなら、それは患者にたくさんの力を与えるはずです。ですから、ええ、栽培は許されるべきだと思います。

(写真撮影:@YEA_th)
エイブラム博士を医療大麻の世界に導いたのは、統合医療界の重鎮、アンドリュー・ワイル博士であり、共著もあります。エイブラム博士ががん専門医として「エビデンス第一」の姿勢を貫かれるのは、有害事象が起こるリスクが高い(たとえば抗がん剤による治療)ものほどエビデンスの重要性が高くあるべき、というワイル博士の教えに忠実でいらっしゃるからなのだと思います。そうした科学的冷静さと同時に、大麻草への絶大なる信頼を併せ持つエイブラム博士。大麻は昔から人間とともにある「役に立つ植物」であって、大麻を医薬品にしようとするのは間違いだ、とはっきりおっしゃったのが印象的でした。

 

文責:三木直子(国際基督教大学教養学部語学科卒。翻訳家。2011年に『マリファナはなぜ非合法なのか?』の翻訳を手がけて以来医療大麻に関する啓蒙活動を始め、海外の医療大麻に関する取材と情報発信を続けている。GREEN ZONE JAPAN 共同創設者、プログラム・ディレクター。)

 

 

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