医療大麻と心的外傷後ストレス症候群(PTSD)

■ PTSDという病

PTSD(心的外傷後ストレス障害:トラウマ)は災害や事故、暴力や犯罪被害などの強烈なストレスへの暴露が、心理的な後遺症を引き起こし、長い期間に渡って、様々な不調をもたらす病気です。典型的な症状として、突然怖い体験を思い出したり(フラッシュバック)、不安や緊張が続いたり、眠れなくなったり(過覚醒)、悪夢を見たりします。またトラウマに関連する場所や人、状況を生活のなかで避けようとするようになります(回避)。

PTSDは原因となる出来事を経験してから数週間、ときには何年も経ってから症状が出ることもあります。一度発症すると症状は長く続き、場合によっては一生涯、後遺症に苛まれることもあります。

■ アメリカ社会とPTSD


アメリカでのPTSDの生涯罹患率は 8%と言われています。これはイギリスが 1%とされるのと比べ非常に高い値ですが、その最大の理由が従軍です。

日本が公共事業で経済を回す土建国家だとしたら、建国から243年間のうち、220年以上戦争に参加しているアメリカは、軍需産業で経済を回す戦争国家と言えるでしょう。

戦地に派遣された兵士の10〜30%は PTSD に罹患するということが調査でわかっています。
https://www.ptsd.va.gov/understand/common/common_veterans.asp

そもそも PTSD という病名が生まれるきっかけになったのが、ベトナム戦争から帰還した若者達が負った数々の後遺症でした。この爪痕は映画の中にも見られます。シルベスター・スタローン演じる『ランボー』の主人公は明らかにフラッシュバックに苛まれていますし、『タクシードライバー』でロバート・デニーロが演じるトラヴィスも、ベトナムから帰還後に不眠症を患っていました。これも PTSD です。

それ以降も「国家の為に戦って PTSD を患った後、社会から疎外される帰還兵」というモチーフは、ハリウッド映画の中で描かれ続けています。アメリカでは、退役軍人(ベテラン)は敬意を払われる立場にあり、その退役軍人を蝕む PTSD とは国家的な病と言えるでしょう。

■ 日本のPTSD

戦争以外の原因でもPTSDは発症します。日本では阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起きた 1995年以降から、この病気は注目を集めるようになりました。

その他のPTSDの温床として虐待、DV、いじめ、性犯罪などが挙げられます。内閣府の調査では、成人女性の 15人に 1人が異性から無理矢理性交された経験があると回答しています。レイプ被害者の20〜50%が PTSD を発症すると言われており、これも深刻な問題です。

日本特有の現象とされる「Hikikomori(引きこもり)」の中にも、実は PTSDによる対人恐怖の方も多く含まれるのではないでしょうか。
https://www.uptodate.com/contents/posttraumatic-stress-disorder-in-adults-epidemiology-pathophysiology-clinical-manifestations-course-assessment-and-diagnosis

■ PTSDの治療と問題点

現時点で PTSD治療の選択肢は非常に限られています。薬物療法として、SSRI、SNRI などの抗うつ薬が処方されるのが一般的ですが、効果があるのは 9人に 1人程度とされています。不眠、不安などの症状に対しては、睡眠薬や抗不安薬などの対処療法が中心となります。

PTSD 患者には自殺者が多いことが知られています。アメリカでは、退役軍人の自殺率は一般の2倍以上であり、従軍者の30%が一度は自殺を考えたことがあるとされています。

実際、退役軍人の自殺者数は確認されているだけで 1日 22人を超えており、これは戦地で亡くなる兵士の数よりずっと大きな数字です。

現代医学は、この問題に対して未だ充分な対応が出来ていません。

https://edition.cnn.com/2013/09/21/us/22-veteran-suicides-a-day/index.html

 

■ PTSDとエンドカンナビノイド障害

PTSD がどのようなメカニズムで発症するのか、分子レベルの解明は研究途上ですが、エンドカンナビノイドシステムがここでも一役担っている可能性が指摘されています。

脳の中でも恐怖を司る扁桃体や、記憶に関わる海馬は、PTSD と深く関わっていますが、ここは CB1 受容体の発現が多い部位です。

911 の NY同時多発テロ現場の近くにいた 46名を対象とした研究では、PTSD の診断基準を満たしていた 24人は、満たさなかった 22人と比較したときに、エンドカンナビノイドの一種である 2-AG の値が著しく低かったという結果が得られました。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3870889/

2-AG がストレスへの反応に関与する役割を担っていることを考慮すると、この結果は 2-AG の基礎値が低い人の方が PTSD を発症しやすいという仮説を支持します。

■ 医療大麻とPTSD

ベトナム戦争以降、PTSD患者には薬物使用者が多いことが経験的に知られています。大麻に関しても 3.3倍多く、かつ重症患者ほど大麻の使用が多いことが明らかになっています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21480682
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6258013/

これは、かつては「乱用」とみなされていましたが、近年では大麻による「自己治療」であるという見解が主流となりつつあります。実際にPTSD患者の多くが、大麻を吸うことで不安や緊張から解き放たれること、中途覚醒なく眠れること、フラッシュバックや悪夢から解放されることを証言しています。

科学的にも、大麻使用者では、PTSDのきっかけとなった刺激に対するネガティブな反応が改善するという結果が得られています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4881389/

病状の深刻さ、代替手段の乏しさから、2017年の時点で、アメリカ28州でPTSD患者は医療大麻の使用が認められています。
https://www.apnews.com/a70c3afbd48042e399f0578ec61896c6

また未だ合法化されていない州では、PTSDに苦しむ退役軍人を大麻の所持で逮捕するのは人権侵害であると、盛んな合法化活動が行われています。
https://www.courierpress.com/story/opinion/2019/09/04/letter-we-not-criminals/2217025001/

しかしこれだけ多くの人々が、自らの体験から医療大麻の有用性を確信し、アクセスが認められているにも関わらず、科学的な裏付けは充分には追いついていないのが現状です。これまでの報告では、サンフランシスコのあるディスペンサリーに通う 170人の医療大麻患者のうち、19%が PTSD の定義を満たし、そのうちの 2割が大麻の使用で症状が劇的に改善しました。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3929256/

またニューメキシコ州での医療大麻プログラムに登録された PTSD患者 80名の重症度スコアを後ろ向きに解析したところ、医療大麻の使用に伴い、患者の症状は 75%以上の改善を認めたと報告されています。
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/02791072.2013.873843?scroll=top&needAccess=true

一方で、2015年に発表された 2200人の退役軍人を対象とした観察研究では、大麻の使用は PTSD の悪化やアルコールなどの薬物乱用、暴力傾向と正の相関が認められました。(これは、重症の患者ほど大麻の自己使用が多いという可能性も考えられます。)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6258013/

この現状に一石を投じる、Dr. Sue Sisley が率いるアメリカ政府が始めて認可した前向き研究が、2019年の2月に終了しました。

結果は近い将来に発表される見込みとのことです。
https://www.stripes.com/marijuana-ptsd-study-concludes-after-10-years-of-planning-research-1.570986

■ CBDとPTSD

CBDに関しても、有望な治療薬候補であることを示す知見が集積されつつあります。

動物実験では、CBDが恐怖の記憶の定着を予防し、また恐怖記憶の忘却を促進する可能性が指摘されています。
https://bpspubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/bph.13724

実際に、性的虐待によって PTSD患者となった10歳の少女の不安を伴う不眠に対し、12〜37 mg/dayの CBDが著効したと 2016年に報告されています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5101100/#__ffn_sectitle

2019年4月にコロラドのクリニックから、11名の PTSD患者に30〜50 mg/day 程度の CBD 内服を含む統合医療を施し、2ヶ月後の PTSDの重症度を評価したところ、平均して 28%の症状の改善を認めたと報告されています。(ただしこれは対照群の設定がないので、単にプラセボ効果を見ているだけかもしれません。)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6482919/

■ まとめ

PTSD という難病の発症機序には、エンドカンナビノイドシステムが関与しており、医療大麻やカンナビノイド製剤は、この領域における新しい治療選択肢として大きな可能性を秘めています。

 

文責:正高佑志(熊本大学医学部医学科卒。神経内科医。日本臨床カンナビノイド学会理事。2017年より熊本大学脳神経内科に勤務する傍ら、Green Zone Japanを立ち上げ、代表理事を務める。医療大麻、CBDなどのカンナビノイド医療に関し学術発表、学会講演を行なっている。)

 

 

参考文献:

https://www.mdpi.com/1010-660X/55/9/525/htm
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6397040/
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/15504263.2019.1652380

 

One Reply to “医療大麻と心的外傷後ストレス症候群(PTSD)”

  1. 正高佑志 より: 返信

    “ストレインプリント”というアプリを使って
    PTSD患者さんの大麻使用前後の症状改善を評価したところ
    フラッシュバックや不安などの全ての症状が50%以上改善したことをワシントン州立大学のチームが報告。
    https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0165032720306364?via%3Dihub

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