大麻精神病は存在しないことの証明?日本での大麻使用障害の調査結果を解説します

2020.06.06 | 安全性 | by greenzonejapan
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大麻精神病は存在しないことの証明?日本での大麻使用障害の調査結果を解説します
2020.06.06 | 安全性 | by greenzonejapan

日本では依然、厳しく取り締まられる大麻。

しかし海外での解禁の流れを受けて、国内でも合法化が話題になる機会が増えてきました。議論にあたって、最初の問題は日本人のデータの不在です。これまでに日本では大麻使用者を対象とした詳細な調査は行われてきませんでした。状況を鑑み 2019年末、国立神経精神医療センターが中心となり、大麻使用者の健康被害についての初の詳細調査が行われたので、結果を解説したいと思います。

研究を主導したのは、松本俊彦先生。日本における依存症研究の第一人者です。ピエール瀧さんや高知東生さんの主治医としても知られています。メディア出演の機会も多く、”ダメ絶対”や薬物使用者への厳罰が問題の解決にはならないことを繰り返し訴えられています。

調査の対象となったのは、日本で大麻関連障害での受診が多い上位9施設に、2019年の10〜12月の3ヶ月間に受診した全ての大麻関連障害患者です(外来、入院含む)。調査対象者は、詳細なアンケートに回答し大麻使用と健康被害の実態についての評価が行われました。

こちらが報告書の全文です。)

1) 参加した患者数について

まず注目すべきは患者さんの数です。調査対象となったのは合計 71名でした(全受診者数は 73名でした)。

3ヶ月で 73名ですので、これら国内主要施設の年間大麻関連受診者数は 300名弱と考えられます。

実際に 2018年に行われた全国の 80%の精神科病院が参加した調査でも、大麻関連の精神障害と医師に診断された人数は 791名でした。(そのうち、過去1年以内に大麻使用があると回答したのは 64名でした。)
https://www.ncnp.go.jp/nimh/yakubutsu/report/pdf/J_NMHS_2018.pdf

同じく、国立精神神経医療センターが主導した 2019年の全国調査では、日本における大麻の生涯経験者数は161万人、過去1年の経験者数は9万人と推定されています。(使用者の全員が正直に報告するとは考えられないので実際の数字は不明です。)
https://www.ncnp.go.jp/nimh/yakubutsu/report/pdf/J_NGPS_2019.pdf

この公的な数字から計算すると、大麻の使用者のうち、精神科に辿り着く割合は 64/90,000= 1400人に1人ということになります。
一方で、大麻関連の逮捕者数は増加の一途を辿り、昨年は 4,321人でした。
https://www.asahi.com/articles/ASN423F24N3ZUTIL050.html

過去1年間に大麻使用者が9万人。
精神科のお世話になった人が 64人。
逮捕された人が 4,321人。
患者の 67倍の犯罪者を生み出しているというのが公式のデータから言えることです。

(ちなみにお酒の場合、2013年の全国調査で、アルコール依存症の生涯経験者が 107万人、現在アルコール依存症の患者が 58万人(通院加療5万人)、予備軍が 292万人と推定されています。https://www.ishiyaku.co.jp/magazines/ayumi/AyumiArticleDetail.aspx?BC=925410&AC=15382   )

2)「精神科にたどり着いた大麻使用者」とはどんな人たちだったか。

次に、この 71名の「精神科にたどり着いた大麻使用者」が、どういった背景を持つ人々だったか、確認していきます。

平均年齢 35歳。男性が 83%、女性が 17%でした。
最終学歴は、中卒が 40% 、高卒以上が 60%でした。(世の中全体では、中卒者は 20%程度とされていますので、低学歴層に偏っていると言えるでしょう。)
働いている人が 50%、無職の方が 50%でした。

上記の表は、患者さんが患っていた大麻関連障害以外の精神疾患の一覧です。全体では 43%の方が、なんらかの精神疾患の診断を受けていました。最も多いのが気分障害(うつ病)の 18%で、その次が統合失調症でした(11%)。一般人口における統合失調症の罹患率は1%弱なので10倍以上と言えます。

重要なのは、およそ半分の患者さんが大麻使用開始前から精神疾患を発症していた点です。また大麻使用開始後に並存疾患を発症した人でも、必ずしも大麻の影響があるとは言えないでしょう。(たとえば「大麻の使用」の代わりに、「初めての恋愛前後」で調査を行なっても、同じような数字が得られると思います。)

また、死にたいと感じた事のある人が 43%、実際に自殺を試みた人が 31%でした。薬物以外での逮捕歴も 38%の方に認められました。これも明らかに高い数字です。(これらも大麻使用開始前から高いので、大麻との因果関係は明らかではありません。)一般人口における自殺を一度でも試みる人の割合は 0.6%であり、これも大麻使用前から 30倍高いと言えます。

3) 大麻やその他の薬物の使用内容について

受診者が初めて大麻を使ったのはおよそ 20歳前後で、調査時点で平均して 13年の喫煙歴がありました。
頻度としては、多い時は週に4日以上吸っていた人が 63%を占めました。
目的としては気晴らしやリラックスと答えた人が多かったようです。一方で心理的苦痛(32%)や身体的苦痛(14%)の緩和を目的とした人も少なからず存在しました。

また、受診者のおよそ 80%は大麻以外の薬物を併用していました。最も多かったのは覚せい剤(36%)で、お酒(35%)、幻覚剤(32%)、危険ドラッグ(31%)の順に続きました。

ここまでの結果をまとめると、精神科に辿り着いた大麻ユーザーには

・男性、低学歴、無職の割合が高い
・大麻使用前から精神疾患を患っており希死念慮が強い
・大麻の使用量、使用歴が長い
・大麻以外の薬物の併用が多い

という傾向があるといえるでしょう。

4) 大麻関連の問題とは?

以下が医師が下した「大麻に関連した診断」です。

A:依存症(やめたくてもやめられない)
B:急性精神障害(大麻の薬理作用によって惹起された急性の幻覚・妄想状態)
C:慢性精神障害(大麻使用中止後、年余を経ても慢性持続性の精神病症状に対する治療を要し、臨床的には統合失調症との鑑別がしばしば議論になる病態)

これに表5に記載のある

D:職業・社会機能低下(無気力症候群)

を加えた4つの病態が、大麻に関連する問題として指摘されました。本研究ではこれらの問題を指摘された群とされなかった群では、どのような要素に違いがあったのかを検討しています。

5) 大麻依存症とされた人は、そうでない人と何が違ったのか?

依存症と診断された人に多かった特徴は上記の通りですが、その中で最も影響が大きい因子は「乾燥大麻以外の大麻使用」でした。この研究からは、ワックスなどの濃縮製剤の使用による高濃度の THC 摂取が依存を引き起こしやすいと言えるでしょう。

6) 急性精神障害の患者の特徴は?

急性精神障害とは「大麻の薬理作用によって惹起された急性の幻覚・妄想状態」、つまり一般的に「バッドトリップ」に近い疾患概念だと思われます。急性精神障害を引き起こした人の特徴としては、危険ドラッグの併用だけが有意に多かったようです。

この結果から、大麻によってもたらされたと考えられた「急性精神障害」はもしかすると併用された危険ドラッグの影響かもしれないと松本先生は考察しています。本研究に含まれた調査項目(精神疾患の有無、大麻の使用頻度など)は急性精神障害を引き起こす明らかな要因ではなかったと言えるでしょう。

7) 慢性精神障害と関連の強い要素は?

ここがこの論文における最も重要なポイントです。慢性精神障害とは「大麻使用中止後、年余を経ても慢性持続性の精神病症状に対する治療を要し、臨床的には統合失調症との鑑別がしばしば議論になる病態」とされています。

医師に「大麻による慢性精神障害」と診断された 17人には、どのような特徴があったのでしょうか? 関連の強い要素は「A:現在の年齢の高さ」と、「B:仲間意識の強化を期待して使用しない」ことでした。しかしこれは、A については治らないから病院に長くかかっていることの結果であり、B については、精神障害の影響で孤独に大麻を使用していることを示しているに過ぎないと考えられます。

仮に大麻の薬理作用が大麻精神病を引き起こすのであれば、大麻の使用頻度や使用期間が高いほど(容量依存性に)大麻精神病の発生が多くなると考えるのが妥当ですが、この研究では従来言われていた、「早期からの大麻使用」「長期の使用」「精神疾患の家族歴」などの危険因子は、関連がありませんでした。

8) 職業・社会機能が低下した人(無動機症候群)の特徴は?

職業・社会的な機能低下をきたしていると判断された人は、週4日以上の大麻使用が多いという特徴がありました。しかし、これが無職だから週に4日大麻を吸ってるのか、週に4日大麻を吸ってるから無職なのかはこの研究ではわかりません。

日本ではこれまで大麻の長期使用が後遺症としての無動機症候群を引き起こすという図式が支持されていたようですが、今回の研究結果ではそのような相関関係は明らかにされませんでした。

(厚労省のページでは長期の大麻使用が大麻精神病や無動機症候群の原因であるかのような表記がされているが、本研究ではそのような結果が示されなかった。)

9) まとめ

・2019年に国立施設が“精神科に辿り着いた大麻使用者”の詳細な調査を行った
・大麻依存症とされた人は濃縮製剤の使用が多かった
・大麻の使用量や使用頻度は“大麻精神病”とは関係がなかった
・大麻の長期使用が無動機症候群に繋がるという関係は示されなかった

10) 市中調査の必要性

この調査報告書を読み、筆者(正高)は改めて、日本の市中大麻使用者における大規模調査の必要性を感じています。というのは本調査の対象集団は、一般的な大麻使用者と大きく隔たっている印象を受けるからです。幸いにして、SNS や Googleフォームを使用することで匿名での情報収集が可能になりました。今後、研究計画を立案していきたいと思います。その際には皆さまの御協力を頂ければ幸いです。

 

 

文責:正高佑志(熊本大学医学部医学科卒。神経内科医。日本臨床カンナビノイド学会理事。2017年より熊本大学脳神経内科に勤務する傍ら、Green Zone Japanを立ち上げ、代表理事を務める。医療大麻、CBDなどのカンナビノイド医療に関し学術発表、学会講演を行なっている。)

 

 

 

“大麻精神病は存在しないことの証明?日本での大麻使用障害の調査結果を解説します” への1件のコメント

  1. つむぎ より:

    興味深い内容でした。
    引き続き研究の報告を、お聞きしたいです。

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