嗜好目的の合法化に伴い、妊娠中の大麻使用の是非についても議論がなされつつあります。妊娠中の大麻使用が胎児の知的機能に影響を与えるのではないかという懸念については、影響は考えられているよりも軽微であることは過去に記事にしました。しかし、これは大麻が胎児にとって全くの無害であることを意味しません。
2021年4月、カリフォルニア大学サンディエゴ校と上海の復旦大学の研究チームは、アメリカ合衆国での2001年〜2012年における483万人の妊婦の退院時記録データを後ろ向きに解析し、母親が大麻依存症と診断されていることと、胎児の成長・発達に関係性がないかを検証しました。解析対象者のうち20,237人が大麻依存症と診断されており、2001年から2012年の間に妊婦が大麻依存症と診断される割合は0.28%から0.69%へと増加していました。(2012年の時点で嗜好目的で大麻を合法化している州はありませんので、これは合法化とは無関係です。)大麻依存症の母体では、胎児体重が妊娠週数に比して小さい(SGA)確率が1.13倍、早産になるリスクが1.06倍、低出生体重のリスクが1.13倍、一年以内の死亡率が1.35倍と報告されました。
これは大麻依存症と診断される=極めて多量の大麻を喫煙する母体に関するデータであり、嗜む程度の大麻使用が胎児への悪影響を及ぼすかどうかは別の解析が必要でしょう。またこの増加の程度は、タバコを吸う母親から生まれた新生児がSGA、早産、低出生体重、1年以内に死亡するリスクが増加する割合より小さいことに注意が必要です。タバコほどではないにせよ”妊娠中は大麻の常用は避けるように。”というのが、合法地域での一般的なアドバイスとなりそうです。
しかし中には、大麻が妊婦の救いとなるケースも少なからず存在するようです。
医療大麻は抗がん剤治療に伴う吐き気に効果があることが示されていますが、同じく非常に強い吐き気を伴うのが妊娠中の“つわり“です。つわりは妊婦の8割が経験し、1~2%は嘔吐と吐き気による脱水症状を伴い、入院を要する例も存在します。これらの嘔気・嘔吐に対して、大麻が有効であることは経験談としては語られていましたが、学術的な記載は認められていませんでした。しかし2020年になり、イスラエル・アリエル大学の研究者が標準治療で対応が困難だった悪阻(つわり)に対して医療大麻を使ったところ、劇的に症状が改善したという4例のケースシリーズを報告しました。
症例1:32歳女性。職業は内科医。3回目の妊娠。第一子、第二子の妊娠の際にも激しい悪阻に悩まされた。標準治療(ドキシラミン・ピリドキシン内服、オンダンセトロン点滴)は効果がなかった。そのため今回は大麻治療を選択。つわりの重症度を示すPUQEスコアは13点。3種類の大麻(THC18-23%、CBD0.8-1.0%)をパイプで喫煙。大麻を喫煙すると2、3呼吸で吐き気・嘔吐は完全に消失し効果は3時間持続した。(数週間の使用に伴い耐性がついて2時間に減少した)PUQEスコアは7点に改善。QOLのスコアは3→7へ改善。大麻の平均使用量は1~2g/day。症状が持続したため出産まで大麻喫煙を継続した。胎児は39週で3400gで出産。今日に至るまで健康に育っている。
症例2:32歳女性。第一子の妊娠で悪阻が出現。メトクロプラミドを使用したところアレルギー反応が出現。第二子の妊娠時には1日に70回を超える嘔吐が出現し入院。経鼻胃管を挿入し経管栄養管理となった。PUQEスコア15点。標準治療(ドキシラミン・ピリドキシン内服、オンダンセトロン点滴)に加えて妊娠14週から大麻喫煙を開始。3種類の大麻(THC18-20%、CBD0.1%)を使用した。大麻を喫煙すると2、3呼吸で吐き気・嘔吐は完全に消失し、経口摂取が可能となった。効果は3−4時間持続した。大麻使用開始前は入院が必要だったが、大麻の導入後は出産まで自宅で療養が可能となった。PUQEスコアは7点に改善。QOLのスコアは2→7へ改善。胎児は36週で2000gで出産。1歳時点で発達に問題はない。
症例3:33歳女性。第一子の妊娠時にも軽度の悪阻が認められたがメトクロプラミドが奏功し健康な女児を出産。第二子の妊娠時の悪阻に対しては標準治療が効果がなく25回/dayの嘔吐を繰り返し衰弱。3回の救急搬送を経験。PUQEスコアは15点。妊娠12週で大麻喫煙を開始(THC20%、CBD0.1%)THCリキッドの舌下投与も試みたが効果はなかった。オンダンセトロン点滴と2時間毎の大麻喫煙(1g/day)を継続したところ、嘔吐は1日6回まで減少。PUQEスコアは8点になった。QOLスコアは2→8へと改善。全身状態は著しく改善しうつが軽減。食欲が回復。大麻喫煙は出産1週間前まで継続し、2600gで健康な男児を出産。
症例4:線維筋痛症と潰瘍性大腸炎の既往があり、妊娠前に医療大麻を常用(2g/day)していた患者。妊娠を契機に大麻使用は中断していた。妊娠7週から悪阻が出現し大麻使用を再開したところPUQEスコアは15から8へ改善。QOLスコアは1から6へと改善した。胎児は2600gで無事に出産。
これらいずれの症例においても、大麻使用のメリットはデメリットを大きく上回っているように見受けられます。流通する医薬品の添付文書の大半は「妊娠中の投与に関する安全性については確立していないので、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」と書かれています。大麻に関しても同様の扱いがなされるべきでしょう。
執筆:正高佑志(一般社団法人Green Zone Japan代表理事 医師 著書に”お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)")
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