なぜ大麻使用罪に賛成するのですか?:小林桜児先生へのインタビュー

2022.08.20 | 国内動向 安全性 | by greenzonejapan
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なぜ大麻使用罪に賛成するのですか?:小林桜児先生へのインタビュー
2022.08.20 | 国内動向 安全性 | by greenzonejapan

医療用大麻の利用や、大麻の「使用」罪創設について議論する厚生労働省(以下、厚労省)の有識者会議「大麻規制検討小委員会」(座長:合田幸広・国立医薬品食品衛生研究所所長。以下、小委員会)が5月からおこなわれている。
委員のひとりである小林桜児医師(神奈川県立精神医療センター副院長)は、「大麻使用罪創設に反対する依存症関連団体・支援者ネットワーク」の賛同人として名を連ねるひとりだ。しかし、5月25日におこなわれた「大麻規制検討小委員会」の初会合で、小林医師は大麻の使用について「何らかの法的な規制が必要」と発言した。いったいなぜ、そして、どのような法規制が必要と考えているのか。話を聞いた。

小林医師は知人づてに使用罪創設に反対する署名活動を知り、「大麻を使用した人を刑務所に入れることには反対する」という立場から賛同したという。しかし、「1度『逮捕』という形で社会生活が止まり、薬物依存患者が生活上の困り感を抱えることは治療上も悪くない」とも考えている。2016年に著書『人を信じられない病ー信頼障害としてのアディクション』(日本評論社)を出版したときから、この考えは変わっておらず、本書にも同様の記述がみられる。


「実際に、現場で精神科医として働く中で、逮捕されたことをきっかけに専門医療につながることで、薬物をやめることができた人を何人もみてきました。特に治療に対する動機づけが低く、薬物使用に関して困り感に乏しい人たちに対しては、なんらかの不利益を被るようなサンクション(強制力を伴った対応)は必要だと考えています。より違う生き方をしたいと思うきっかけになることもありうるためです。ただし、覚醒剤を使用した人のように、逮捕後に刑務所に収容することについては反対です。大麻の使用をいっさい取り締まらないのは『アンダーサンクション』だと感じる一方、刑務所への収容は『オーバーサンクション』と思っています」
必要と考えているのは「前科を伴う刑罰」ではなく、あくまでサンクションだという。小林医師が念頭に置いているのは、行政罰だ。行政罰には、刑法上の刑罰(罰金など)を科す「行政刑罰」と過料を科す「秩序罰」があるが、秩序罰であれば前科にはならない。
「たとえば、交通違反を繰り返した場合などには免許停止となりますが、講習を受ければ免停は解除されます。同様に、必要な治療プログラムを受ければ制裁が免除されるような仕組みがあれば、支援を必要とする人が治療・福祉につながることもでき、社会生活が制限されることもないと思います」
小林医師によれば、合法であるアルコールよりも、違法である覚醒剤の依存症患者のほうが長期的には断薬できているという。その理由について「使用によるデメリットの大きさやサンクションの有無が影響している」とみている。

行政罰(秩序罰)は行政法上の義務違反に対する制裁だが、大麻の使用罪という「犯罪」となれば、制裁として刑罰が科されることになる。
小林医師は、たとえ使用罪を創設することになったとしても、刑罰として懲役刑を科すことには反対し続けるという。また、大麻の使用をひとくくりに「犯罪」とするのではなく、THC含有量を考慮した規制が必要だと考えている。ただ、アセスメントの観点からも「逮捕は1つのきっかけになる」という思いもある。
「現状は、たとえ支援を必要としている人がいたとしても、本人が福祉や医療につながるまで待たなければならず、支援の必要性をアセスメントする機会がありません。支援が必要な人をできるだけ早くアセスメントし、重症化する前に支援につなぎ、必要な医療・福祉を提供したい。そのためならば、猫の手でも司法の手でも借りたいと思っています。
たとえば、未成年が大麻を使用している場合、背景に家族や友人関係など、なんらかの人間関係の問題や困りごとが潜んでいることがあります。この場合、逮捕後に支援が必要か否かをアセスメントすることができれば、必要な人を福祉・医療につなぐことができます。ここで、もし、本人が支援を受けることを拒否した場合、罰金などのサンクションを科す、というのもひとつの方法だと考えています」

では、支援を必要とする大麻の依存症者はどれほどいるのだろうか。


小林医師は「大麻単体を使用している依存症患者を専門外来でみることは滅多にない」と語る。また、大麻の使用者はいわゆる「ライトユーザー」が多いと感じているものの、彼らが病院を受診することはほとんどないため、その実態については、わからない点も多いという。「もちろん、大麻を使用していても依存症にならない人もいます。このような人たちは、そもそも支援を必要としないことが多いでしょう。ただ、少数だとは思いますが、依存症が進行していく人もいるのは事実です。また、大麻は健康被害や精神障害の問題が何もなく、無害というわけではありません。頻繁に使用すれば、大麻精神病や睡眠障害、意欲低下などにつながる可能性もあります。このように考えると、車のスピード違反に対する制裁と同様に、リスクのある行為をしているからには、なんらかのサンクションが必要だと考えています」
小林医師は、タバコ、アルコールから始まり、大麻に移行したあと、結果的に多剤乱用したり、より有害性のある物質に移行したりする例もみてきたという。ただし、このようなプロセスを辿るのは、薬物への心理的なニーズがある「ハイリスク群」とされる人たちだ。
「ハイリスク群の人たちは、不眠、パニック、イライラ、希死念慮など、なんらかの困りごとを抱え、誰にも相談できずにいる人たちです。彼らは薬物を使うことで、ひとりでラクになれるんです。ここで『十分な効果が足りない』となったときに、次に進行してしまう。逆に、依存症にならず、いつの間にか薬物を使わなくなるローリスク群の人たちは、ほどほどに使っている分には急性の精神障害を起こしにくいといえます。多くの場合は害を感じることはありませんが、遺伝的に感受性の高い人の場合は依存症や精神病になることもありえます」

大麻の使用罪創設をめぐっては、2021年に開催された厚労省の「大麻等の薬物対策のあり方検討会」でも賛否両論の意見がみられた。
小林医師は、「賛成」か「反対」か、「黒」か「白」かの二択のみではなく、中間的な議論の必要性を感じているという。今回の小委員会は大麻取締法に関する議論に焦点があてられているが、ゆくゆくは覚醒剤の使用に対する制裁も行政罰にするなど、新たな流れに持っていきたいと考えている。


大麻の使用について、法的な介入の必要性を主張するのは「医療と福祉だけではなく、司法も治療や回復支援に参加してほしい」と願っているためだ。
「司法の強みは、強制力をもっていることだと思います。実際に、医療観察法病棟で働いていたとき、私たち医療者は治療に専念することができました。これは『こうしなければならない』という枠組みを、裁判官と精神保健審判員である精神科医による合議体が決めていたためです。このような合議体がなければ、枠組みを決めるのは医師となります。この場合、サポーティブな役割を果たすのは、医師ではなく、看護師になりがちです。依存症治療にあたっては、病院スタッフ全員が、依存症で悩む人と一緒に泣いたり、笑ったりして、彼らの伴奏者の役割に徹したい。そのために、特に薬物に対して困り感の乏しい患者さんの支援にあたっては、司法の強制力が役立つと感じることがあります」
大麻取締法の議論をめぐっては、諸外国の取り組みにならうべきとの意見もみられる。しかし、小林医師は薬物政策がすすんでいる海外とまったく同じ取り組みを取り入れることにも抵抗を感じている。社会的な背景や土台が異なるためだ。
「もちろん、大麻が医療で役立つならば使用すべきです。将来的には、精神障害の治療に使えるようになるかもしれません。メリットやデメリットについても科学的に検討する必要性を感じます。ただ、日本は欧米とは出発点が違うということも考えなければならないでしょう。アメリカでは高校生の約3人に1人が大麻使用経験を持っているなど、先に疫学的な乱用者の著しい増加がみられた欧米とは異なり、日本ではようやく最近になって、大麻を使用する若者が増加傾向にあることに危機感を感じているように思います。たとえば、薬物政策がすすんでいる欧米諸国では、十分な医療が受けられない人がいたり、貧富の差があるなどの『影』の部分があり、この『影』のいたみを改善するために、さまざまな制度が構築されてきました。欧米と比較すれば大麻の乱用者数自体が未だ少ない、といった点でも土台が異なる日本において、そのまま海外の取り組みを真似する必要はなく、わが国にあった方法を模索する必要があると思います」

【小林桜児(こばやし・おうじ)医師】
精神科医。神奈川県立精神医療センター副院長。主に、アルコール・薬物依存症の治療をおこなう。著書に『人を信じられない病-信頼障害としてのアディクション』(日本評論社、2016年)など。

取材・執筆:吉田緑(よしだ・みどり)
記者・ライター。ASK認定依存症予防教育アドバイザー。中央大学大学院法学研究科(刑事法専攻)博士前期課程修了(法学修士)。日本比較法研究所(中央大学)・龍谷大学ATA-net研究センター嘱託研究員。

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