はじめに:カナダは2018年に嗜好用大麻を合法化した先進国の一つです。合法化以降、大麻の使用率は着実に増加し、2022年には16歳以上の国民の27%が「過去1年に使用した」と回答しました。その一方で、医療現場では大麻使用に関連する入院や救急外来(ED)受診が増えており、社会的な議論を呼んでいます。
ただし、大麻だけでなく、カナダにおける健康被害の最大の原因物質は依然としてアルコールです。アルコールは日常的に消費される一方で、慢性的な疾患や事故、精神的・身体的な依存症を通じて莫大な医療コストを生み出しています。
本記事では2007〜2020年にかけての大麻関連入院・救急受診の最新データ(Malamら、2025年報告)と、同時期のアルコール関連入院・医療コストに関する全国調査(CSUCH 2007–2020)をもとに、両者を比較しながらカナダにおける健康被害の現状を考察します。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40504124/
大麻関連の医療負担:2007〜2020年の推移
入院件数の急増:
2007年の大麻起因入院率は10万人あたり6.4件でしたが、2020年には14.0件へと120%増加。実数では2020年に 5,318件の入院が大麻使用に関連して発生。特に 15〜34歳の若年層で入院率が高く、精神病性障害(大麻誘発性精神病)が目立ちました。35〜64歳の世代でも2019年から2020年にかけて精神病性障害による入院が38%増加しています。
救急外来(ED)受診:
2007〜2019年で 113%増加、2019年にピークを迎えた後、2020年にはパンデミックの影響で12%減少。それでも2020年には 37,341件のED受診 が大麻に関連。特に 小児(0〜14歳)における急性中毒(誤飲)が顕著で、2019〜2020年にかけて急増。
医療費:
大麻に起因した医療費はアルコールに比べてはるかに小さい規模ですが1人当たりコストは2007〜2020年で150〜160%増加。精神・行動障害と不慮の事故(誤飲、火災、転落など)が医療費の増加要因でした。
アルコール関連の医療負担:同時期の状況
入院件数:
2020年のアルコール起因入院は 117,871件。大麻の約22倍にのぼります。これはカナダにおける全物質関連入院の中で最大の原因物質でした。
医療費:
2020年のアルコール起因医療費は 63億カナダドル。医療費全体の約半分(47%)を占めます。一人当たりのアルコール起因医療費は2007年の117ドルから2020年には165ドルへと*約40%増加。
特徴:
アルコールは肝疾患、心血管疾患、がんなどの慢性疾患に直結するため、中高年層での医療負担が大きい。同時に交通事故や暴力、精神疾患、依存症を通じて幅広い影響を及ぼしています。
アルコールと大麻の比較
①規模
入院件数・医療費ともにアルコールが圧倒的。大麻は相対的に規模が小さいが、増加スピードは著しい。
②健康影響の質
アルコール:慢性疾患や死亡リスクが高く、社会全体への負担が大きい。
大麻:精神疾患(精神病、依存、急性中毒)や小児の誤飲による急性リスクが中心。
③年齢層の違い
アルコールは中高年層を中心に健康被害が蓄積。
大麻は若年層・小児での有害事象が目立ち、世代別の課題の違いが明確。
この比較から見える政策的示唆は次の通りです。
①アルコール対策の継続強化
アルコール関連の健康被害は依然として最大の課題であり、飲酒ガイドラインの周知や税制・広告規制の強化が必要
②大麻に対する新たな対策
子どもが誤飲しやすい「エディブル(大麻入り食品)」の規制や包装改善。
精神疾患リスクに関する教育、特に若年層への啓発。
精神保健・依存症治療サービスへのアクセス改善。
③両物質を同時に見据えた包括的戦略
大麻だけを問題視するのではなく、アルコールも含めた「嗜好物全体の健康リスク管理」が求められる。
まとめ:
カナダの医療データを比較すると、規模の面ではアルコールが圧倒的な負担を与えている一方で、大麻は若年層を中心に急増している新たなリスクであることが分かります。今後はアルコール対策を維持しつつ、大麻については 教育・治療体制の整備を強化することが必要です。社会全体が「安全に嗜好物と向き合うための知識と環境」を持つことこそ、持続可能な公衆衛生の鍵といえるでしょう。
執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。 書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン) 所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員) 更新日:2025年9月2日
執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師)
経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。
研究分野:臨床カンナビノイド医学
活動: 2017年に一般社団法人Green Zone
コメントを残す