オランダは、世界でも有数の歴史を持つ医療大麻プログラム(2003年開始)を維持している国です。しかし、驚くべきことに、医療目的で大麻を使用する人の大半は、依然として処方箋のない「非正規」のルートで大麻を入手し続けています。
2026年に発表された最新の調査論文(Strada et al.)は、オランダに住む1,059人の「自己治療中」のユーザーを対象に、彼らがどのような理由で、どのように大麻を使用し、なぜ医療制度へのアクセスを避けているのかを明らかにしました。この記事では、この論文の内容を深掘りし、一般の読者の皆様にも分かりやすく、医療大麻をめぐる現実と公衆衛生上の課題を解説します。
1. 驚くべき実態:処方箋を持つ人はわずか「数パーセント」
オランダでは、2003年から医師による医療大麻の処方が合法化されています。その一方で、1970年代から「コーヒーショップ(Coffeeshop)」と呼ばれる店舗での大麻の個人消費が事実上容認されてきました。
この独自の環境下で、2020年の調査では衝撃的な数字が出ています。医療目的で大麻を使用している人のうち、処方箋を伴う大麻のみを使っている人はわずか4.7%、処方箋大麻と非処方大麻を併用している人が2.6%でした。つまり、92.7%もの人が、医師の介在しない「非処方大麻」のみで自己治療を行っているのです。
この背景には何があるのでしょうか?今回の調査は、この「非処方大麻ユーザー」たちの実態に迫っています。
2. どのような人が、どのような悩みで使っているのか?
調査に参加した1,059人の平均年齢は45.1歳で、特に50代の層が最も多く(31.6%)、男女比は男性が約6割を占めていました。また、回答者の約39%が「就労不能または障害がある」と回答しており、深刻な健康問題を抱えている人が多いことが分かります。
彼らが大麻を使用している主な目的(医師から診断された疾患)は以下の通りです:
慢性の痛み (43.5%)
睡眠障害 (40.2%)
臨床的なうつ病 (35.8%)
ADHD/ADD (35.3%)
PTSD(心的外傷後ストレス障害) (27.6%)
不安障害 (23.4%)
特筆すべきは、4分の3以上の参加者が複数の症状を管理するために大麻を使用しているという点です。痛みがあり、同時に眠れず、精神的にも辛いといった、複雑に絡み合った症状に対して大麻が「一石数鳥」の役割を果たしている可能性が示唆されています。
3. 入手経路とコスト:コーヒーショップが「薬局」代わり
非処方大麻の入手先として最も一般的だったのは、やはりオランダ独特の文化であるコーヒーショップ (67.5%)でした。次いで「友人や家族 (25.3%)」、「家庭栽培 (24.8%)」、「ディーラー (21.3%)」と続きます。
多くの人がコーヒーショップを主な入手先とする一方で、4人に1人が大麻を自宅で栽培しているという事実は注目に値します。これは、経済的な負担を減らしたいという動機や、成分が不透明なコーヒーショップの製品に対する不信感が影響していると考えられます。
かかる費用と経済的負担
大麻にかける費用について回答した人の中央値は月額100ユーロ(日本円で約1万6千円前後)でした。中には月に400〜1,000ユーロを費やす人も約9%存在します。回答者の約半数が、この支出を「経済的な負担」と感じており、特に仕事ができない状態にある人ほど、その負担は深刻です。現在、オランダでは医療大麻の処方を受けても健康保険が適用されないため、正規ルートを選んでも経済的メリットが少ないのが現状です。
4. 使用方法の現実とリスク:伝統的な「喫煙」が主流
使用方法については、公衆衛生上の懸念が残る結果となりました。最も多い摂取方法は「大麻をタバコと混ぜて吸う(喫煙)」で、回答者の約64%にのぼりました。
摂取方法の内訳(主な方法):
タバコと混ぜて喫煙:59.6%
オイルを舌下で使用:16.2%
大麻のみで喫煙:11.4%
ベポライザー(気化器)で吸入:6.7%
医療目的であるにもかかわらず、有害なタバコと一緒に吸うスタイルが根強いのは、オランダの文化的な背景が強いと推測されます。肺へのダメージを抑えるためのベポライザーの使用率が低い理由としては、機器が高価であることや、共同体の中での喫煙習慣などが挙げられています。一方で、「舌下オイル」の使用が2番目に多いという結果は、患者団体が自宅でのオイル作成方法を指導するなどの啓発活動が一定の成果を上げている可能性を示しています。
5. 患者が感じる「効果」:処方薬よりも満足度が高い?
この調査で最も際立っていたのは、大麻に対する極めて高い自己評価です。
症状の改善度
患者たちは、大麻による症状の改善度を10点満点中、平均7.88点と評価しました。生活の質(QOL)の改善についても平均7.95点という高いスコアを付けています。これは、主観的な満足度が非常に高いことを示しています。
既存の処方薬との比較
処方薬の使用歴がある人のうち、53.5%が大麻を処方薬の代わりとして使用(置換)したことがあると回答しました。
75.1%が「大麻の方が処方薬より効果が高い」と感じている。
81.7%が「処方薬の方が副作用がひどい」と感じている。
46.1%が、大麻を使い始めてから処方薬の使用を完全に中止した。
特に対象となった処方薬のクラスは、痛み止め、睡眠薬、抗うつ薬、ADHD治療薬など多岐にわたります。このように「大麻は安全で効果的」という実感が、非正規ルートであっても使用を続ける強力な動機となっています。
6. なぜ処方箋をもらわないのか?立ちはだかる「3つの壁」
医療大麻が合法的に入手できるにもかかわらず、なぜ多くの人がコーヒーショップや家庭栽培を選ぶのでしょうか?論文では、患者が直面している「壁」を分析しています。
① 医師の知識不足と拒否感
処方箋を求めたことがない人の約49%が、「どうせ自分の医師は処方してくれないだろう」と考えていました。また、実際に処方を求めて断られたケースでは、医師側の理由として「知識がない (39.4%)」、「大麻に対して否定的 (27.0%)」、「有効性に懐疑的 (26.1%)」といったものが挙げられています。現在、オランダの標準的な医学教育では医療大麻についてカバーされていないため、適切な助言をできる医師が少ないという構造的な問題があります。
② コストとアクセスの悪さ
非処方大麻を選ぶ理由として、「処方薬より安い (30.2%)」、「入手が簡単 (29.8%)」という点が挙げられました。薬局で高いお金を払って手続きを踏むよりも、近所のコーヒーショップで買う方が手軽で経済的だという判断です。
③ 質の認識のギャップ
非常に興味深いことに、「非処方大麻の方が質が高い (33.1%)」と考えているユーザーが多いことが分かりました。処方大麻は現在オランダで5種類しか選択肢がありませんが、コーヒーショップなどでは多種多様な品種が選べ、味や香り(テルペン)も豊富です。医療目的であっても、「自分に合った風味や効果」を選びたいという患者のニーズが、現行の医療システムでは満たされていない可能性があります。
7. 公衆衛生上の懸念:成分が分からないまま使うリスク
高い満足度の一方で、論文は重大な健康リスクにも警鐘を鳴らしています。
最も大きな問題は、「自分が使っている大麻にどれだけのTHC(向精神作用成分)やCBD(調整成分)が含まれているか、ほとんどの人が把握していない」という点です。
約40%の人が「成分含有量を知らない」と答え、残りの人も多くは「自分の推測」に頼っています。
実際にユーザーが推測した含有量数値を分析したところ、約2割が科学的にあり得ない数値(矛盾した数値)であり、ユーザーの理解と現実に大きな乖離があることが判明しました。
正規の医療大麻であれば、成分は厳格に管理されていますが、コーヒーショップやブラックマーケットの製品は品質管理が保証されていません。農薬、重金属、カビなどの汚染物質が含まれている可能性もあり、特に免疫力が低下している患者にとっては大きなリスクとなります。
8. 結論:患者中心の医療制度へ向けて
この論文の結論は、オランダの現在の医療大麻システムが、「実際のユーザーの行動やニーズと乖離している」という厳しいものです。
多くの患者が「処方薬よりも大麻の方が助けになる」と感じていながら、医師の知識不足や経済的負担、製品のバリエーションの少なさが原因で、安全性が保証されない市場に押し出されています。
今後の課題として、以下の点が提案されています:
医師への教育: 医療大麻に関する知識を標準的な医学教育に組み込むこと。
保険適用の検討: 経済的な壁を取り払い、脆弱な層が安全な医療大麻にアクセスしやすくすること。
製品の多様化: 患者の好みやニーズに合わせて、より多くの品種や、喫煙以外の安全な摂取方法(抽出物やベポライザー用製品など)を処方箋のラインナップに加えること。
ハームリダクション(害の低減): 喫煙のリスクや成分表示の重要性について、自己治療中のユーザーに適切に情報を届けること。
オランダの事例は、単に「大麻を合法化すれば解決する」という話ではなく、いかにして医療システムの中に適切に組み込み、患者の安全とニーズを両立させるかという難しさを物語っています。日本を含む他国にとっても、医療大麻の議論を進める上で極めて重要な示唆に富む研究と言えるでしょう。
出典: Strada, L., Korteling, S., Vergeer, M., & Oomen, P. (2025/2026). Medicinal use of non-prescribed cannabis: a cross-sectional survey on patterns of use, motives for use, and treatment access in the Netherlands. Journal of Cannabis Research.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12777223/
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