医療用大麻の利用が世界的に広がる中、特に高齢者の間での使用が急速に増加しています。しかし、大麻が他の処方薬とどのように相互作用し、健康にどのような影響を及ぼすかについては、まだ十分に知られていないのが現状です。
最新の研究論文「高齢患者における医療用大麻と相互作用リスクのある薬剤の併用:縦断的コホート研究(Concomitant use of medical cannabis and drugs associated with risks of interaction in older patients: a longitudinal cohort study)」の内容に基づき、高齢者が大麻を使用する際に知っておくべきリスクと、最新の調査結果を分かりやすくまとめました。
急増する高齢者の大麻使用と「薬の飲み合わせ」の懸念
北米をはじめとする多くの地域で、大麻の医療利用が拡大しています。カナダでは、65歳以上の高齢者の大麻使用率が2012年の1%から2019年には7%にまで上昇しており、これは全年齢層の中で最も速い成長率の一つです。2019年の調査では、大麻を使用する高齢者のうち、実に76%が「医療目的」で使用していることが分かっています。
高齢者が大麻を求める主な理由は、痛み、不安、睡眠障害などの症状を緩和するためです。しかし、ここで大きな問題となるのが「薬物相互作用」です。高齢者の多くは、持病のためにすでに複数の薬を服用しています。大麻に含まれる成分が、それらの薬の効果を強めすぎたり、逆に弱めたり、あるいは予期せぬ副作用を引き起こしたりする可能性があるのです。
なぜ大麻が他の薬に影響を与えるのか?
大麻の主な有効成分であるTHC(デルタ-9-テトラヒドロカンナビノール)とCBD(カンナビジオール)は、体内の「シトクロムP450」という酵素によって代謝(分解)されます。
このシトクロムP450は、人間が使用する薬剤の約90%の代謝に関わっている重要な酵素グループです。大麻成分がこれらの酵素を独占したり阻害したりすると、一緒に飲んでいる他の薬が正しく分解されず、血中濃度が異常に高まってしまう(中毒リスク)、あるいは逆に効果がなくなってしまうといった事態が起こります。
今回の研究では、特に以下の2つのグループの薬剤に注目しています。
DARSCIC(大麻との臨床的に重要な相互作用が懸念される薬剤): ワーファリンなど、大麻との併用で重篤な影響が出る可能性がある21種類の薬剤。
DNTI(治療域が狭い薬剤): 薬の濃度がわずかに変化するだけで、深刻な副作用や治療失敗につながる恐れがある16種類の薬剤(免疫抑制剤や甲状腺薬など)。
大規模調査で判明した「処方の実態」
研究チームは、カナダ・オンタリオ州の66歳以上の高齢者12,599人を対象に、2014年から2019年にかけてのデータを分析しました。
医師は相互作用を考慮しているか?
まず、医療用大麻を処方された前後1年間で、相互作用のリスクがある薬(DARSCIC/DNTI)の処方傾向が変わったかどうかを調査しました。
驚くべきことに、大麻処方の前後で、リスクのある薬剤の処方量や頻度に目立った変化は見られませんでした。これは、医師が大麻を処方する際、あるいは大麻を使用している患者に他の薬を出す際、薬物相互作用のリスクを十分に考慮して処方を調整していない可能性を示唆しています。
特に多く併用されていた薬
大麻使用者に最も多く処方されていた”リスク薬剤”は以下の通りです。
ワーファリン(血液をサラサラにする薬): 44.92%
ケトコナゾール(抗真菌薬): 23.80%
タクロリムス(免疫抑制剤): 12.60%
特にワーファリンは、大麻との相互作用が「重篤」に分類される唯一の薬剤であり、慎重な管理が求められます。
判明した健康リスク:中毒と心不全
研究では、大麻と特定の薬を併用した際のリスクを具体的に評価しました。
① 薬物中毒のリスクが2.6倍に
「治療域が狭い薬剤(DNTI)」を服用している高齢者が大麻を併用した場合、大麻を使用していないグループと比較して、薬物関連の中毒(intoxication)を起こすリスクが2.61倍に高まることが分かりました。これは統計的にも非常に有意な結果であり、大麻が他の薬剤濃度を危険なレベルまで押し上げている可能性を強く示しています。
② レボチロキシンとの併用で心不全リスク増
甲状腺機能低下症の治療に使われる「レボチロキシン」を服用している人が大麻を併用した場合、心不全による救急外来受診や入院のリスクが有意に高くなることが示されました。一方で、甲状腺機能亢進症(中毒症)や脳卒中、急性冠症候群のリスクは有意には上昇しませんでした。
③ ワーファリンと出血リスク
ワーファリンと大麻の併用については、出血リスクがわずかに上昇(1.19倍)したものの、統計的に明確な差(有意差)までは確認されませんでした。しかし、過去の症例報告ではワーファリン服用者が大麻を使用した際に出血を起こしたケースも報告されており、決して油断はできません。
なぜリスクが見逃されているのか?
研究チームは、リスクのある薬剤が調整されずに処方され続けている背景として、いくつかの理由を挙げています。
情報の不足: 大麻と他の薬の臨床的な相互作用に関する科学的根拠はまだ新しく、十分なデータが揃っていません。
ガイドラインの欠如: 医師がどのように処方を調整すべきかを示す、明確な臨床ガイドラインが存在しません。
情報の分断: カナダでは大麻を処方するクリニックと、日常的なケアを行う主治医の間で電子カルテなどの情報共有がなされていないことが多く、誰がどの薬を飲んでいるかを正確に把握しにくい状況があります。
薬剤師の不在: カナダの医療用大麻の提供チェーンには薬剤師が介在していないため、リアルタイムで相互作用をチェックし、処方医にアドバイスする仕組みが欠けています。
まとめとアドバイス
今回の研究結果は、「医療用大麻は自然由来だから安全」という過信が危険であることを示しています。特に他の薬を服用している高齢者にとって、大麻は予期せぬ「中毒」や「心機能への影響」をもたらすリスクがあります。
私たちができる対策:
すべての薬を医師・薬剤師に伝える: 医療用大麻を使用している、あるいは検討している場合は、必ず現在服用中のすべての薬(サプリメント含む)を医師に伝えてください。
自己判断での使用を避ける: 他の薬を飲んでいる状況での大麻の自己判断使用は、中毒リスクを伴います。
体調の変化に敏感になる: 大麻を使い始めてから、ふらつき、過度の眠気、動悸、息切れなどの症状が出た場合は、すぐに医師に相談してください。
医療用大麻は適切に使えば多くのメリットをもたらす可能性がありますが、「飲み合わせ」という目に見えないリスクがあることを忘れてはいけません。医師や専門家との緊密なコミュニケーションこそが、安全な治療への第一歩です。
出典: Bérété, Z. C., et al. (2025). Concomitant use of medical cannabis and drugs associated with risks of interaction in older patients: a longitudinal cohort study. Age and Ageing.
執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。 書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン) 所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員) 更新日:2026年1月27日
執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone
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