ピエール瀧に必要なのは手錠でなく医療大麻? ー 依存症治療と大麻 ー

本原稿を執筆している 2019年4月現在、巷はピエール瀧さんのコカイン逮捕劇で大騒ぎです。社会的な影響は大きく、損害賠償請求額は数億円にものぼるとされています。芸能人の違法薬物での逮捕自体は珍しくはないのですが、今回は彼を擁護する次のような世論が出現したことが、特筆すべき点でしょう。

一点目は、「音源の自主回収やキャストの差替えは必要ない」というもの。

 

 

これは坂本龍一氏のツイートを筆頭に多くの著名人から同様の声が上がり、ピエール瀧さんの出演する最新映画が差し替えなしで予定通り公開されることには賞賛の声が目立ちました。
https://rocketnews24.com/2019/03/20/1187843/

二点目が、「瀧さんに必要なのは逮捕でなく治療だ」という意見です。

https://lite-ra.com/i/2019/03/post-4607-entry.html
https://www.huffingtonpost.jp/amp/entry/story_jp_5ca4af83e4b094d3f5c49873/

薬物使用に対して厳罰を課す政策(ゼロ・トレランス)は再犯防止につながらず、誰のことも救わないことが明らかになりつつあり、国際的には見直しの機運が高まっています。手錠でなく治療を、というのは今後、世の中のコンセンサスとして徐々に広まっていくでしょう。

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しかし、言うは易し、行うは難しです。私が都内で救急医をしていたときに気が付いたのは、この国には依存症患者を受け入れてくれる治療施設の数が極めて少ないということでした。アルコールがどうしてもやめられないから入院させて欲しいという患者さんを、急性期病院は基本、受け入れてくれません。専門施設は常に満床で、今日、明日という訳にはいきません。

以前、私が取材に訪れた精神科病院の先生の言葉が蘇ります。
「ハームリダクションは知っていますが、まずは依存症患者さんを受け入れる施設が増えないことには不可能です。県で薬物依存症患者を受け入れている施設は当院だけなのですから」

この国にはアルコール依存症だけとっても、治療の必要な患者さんが80万人いるとされています。なのに何故、これほどに治療施設の数が少ないのでしょうか?

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依存症は精神科領域の疾患であり、精神科医の数自体は増えています。しかし、依存症を専門にしようという医師の数は決して多くないように思われます。

「依存症は性格の問題であり自己責任」という発想が、医師の中にも根強くあるのが原因の一つでしょう。もうひとつの原因に、依存症に有効な薬物療法が乏しいことが考えられます。日本の精神科医療には、薬物療法=精神科治療のような風潮があります。その点からみると、依存症治療というのは気分障害や統合失調症などと比べ、不毛な領域なのかもしれません。


前置きが長くなりました。この依存症治療の領域で、期待されているのがCBDを含む医療大麻製剤です。そもそも、違法薬物に関しては、常用と依存症、愛好家と患者の区別がされていないという話を以前しました。依存症の患者というのは、薬物の使用のために悪影響が出ているにも関わらず、薬物使用をやめられない状態のことを指します。(コカイン常用者のうち、依存症に当てはまるのはおよそ半数から 1/3 と考えられています。)

依存症というのはある種の学習です。
どういうことか説明しましょう。

人を含む動物は嬉しいことや気持ち良いことがあると、脳内の報酬系でドーパミンと呼ばれる化学物質が分泌されます。

このドーパミンは多幸感をもたらします。イヌが飼主の言うことをきくと、褒められてドーパミンが出る。これを繰り返すことで、動物は習慣を身に付けていきます。「勉強ができる子」が机に向かうのが苦でなくなるのは、テストで良い点を取って褒められ、ドーパミンが分泌するという報酬系が確立するからです。これが慣れてくると、褒められなくても机に向かうことが苦でなってきます。こうやって人も犬も習慣を身に付けていくのです。

このドーパミンの分泌と習慣化は、褒められる以外の行為でも形成されます。
たとえばサッカーでゴールを決めたときや美味しいものを食べたとき、パチンコで大当たりが出たときなどです。これらは行為依存と呼ばれ、様々な依存対象が存在します。日本では賞賛の対象である「ワーカホリック」も、依存の一種です。

 

 

一方、依存性のある薬物(酒、タバコ、違法薬物)にもドーパミンを分泌させる作用があります。

社会的に望ましいとされない行為で報酬系が確立した脳の状態が、いわゆる依存症の脳ということになります。依存症の脳は、依存対象に対する「Craving(渇望)」と呼ばれる病的な欲求と探索行動を引き起こします。わかっているけれどやめられない、というのは、性格ではなく病気なのです。
https://tarzanweb.jp/post-176658

 

 

このドーパミンと依存症の関係はよく知られている話ですが、ここにエンドカンナビノイドシステムも関与していることが近年、明らかになりつつあります。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6390812/#!po=25.0000

CB1 受容体は特に、報酬系が存在する線条体の細胞に多く発現していることが判明し、ドーパミンの分泌や、その下流の化学物質の調節を制御していると考えられています。実際に動物実験では、CB1 受容体の作動薬の影響下では依存を形成しやすくなり、CB1 受容体拮抗薬は薬物(アルコールなど)によるドーパミン分泌を抑制するという結果が得られています。

これはエンドカンナビノイドシステムに関わる物質が、「渇望」という病的な欲求を抑え、依存症の治療薬として機能し得る可能性を示しています。

 

 

大麻によるコカイン依存症の治療に関しては、興味深い報告が挙げられています。
1999年のブラジルからの報告で、コカインをやめるために大麻を使用した患者の68%が断薬に成功したと報告されているのです。

また2017年のカナダの調査でも、違法薬物使用調査が追跡している620人のコカイン常用者のうち、122人が「コカインを止めるために」大麻を使用した経験があると回答しています。結果は以下の通りです。

大麻治療の導入後は、連日コカインを使用する患者の割合はおよそ半分程度に減っていることがお分かり頂けると思います。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5500311/#!po=45.8333


 

CBDは近年、依存症の治療薬の候補として、各種の研究が行われています。

動物実験レベルでは、アルコール、タバコ、覚せい剤やコカイン、オピオイド(医療用麻薬やヘロイン)、大麻などの様々な薬物に対して有効である可能性が示唆されています。タバコに関しては、人での研究も行われており、CBD が禁煙中の「吸いたくて仕方がない」という渇望を抑えてくれ、タバコの量を半分適度に減らしてくれたという結果が得られています。

 


https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23685330


 

ピエール瀧さんが、コカインの「愛用者」なのか、それとも「依存症患者」なのかという点は、実際に本人にお会いしたことのない私にはわかりません。ただ間違いなく言えることは、依存症には治療が必要という正論だけでは誰も救えないということです。これを機に、生産的な議論が広がることを私は願っています。

参考文献:
https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1130100999.pdf

 

文責:正高佑志

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