統合失調症とCBD

2017.10.11 | 病気・症状別 | by greenzonejapan
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統合失調症とCBD
2017.10.11 | 病気・症状別 | by greenzonejapan

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現在、日本では大麻草の所持は違法であり、医療目的であっても使用することはできません。けれども産業大麻の茎から抽出されたCBDオイルに関しては、大麻取締法に触れないため輸入することができます。昨今の国際的な研究の進歩と合法化の影響か、日本国内にもCBDオイルを輸入しインターネット上で販売する業者さんも増えてきました。

しかしCBDオイルがどんな病気や症状に効果があるのか? 医学的な話は残念ながら、日本ではほとんど知られていません。CBDのエビデンスが最も確立されているのはてんかんの発作予防です。おそらくその次に検証が進んでいるのが統合失調症の治療薬としてです。てんかんとCBDの関係に関しては先日書きましたので、今回は統合失調症への効果について紹介します。

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統合失調症とは?

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統合失調症は、うつ病、認知症と並んで、精神科領域を代表する病気の一つです。2004年までは「精神分裂病」と呼ばれていたので、その方が馴染みのある方も多いでしょう。この病気の有病率は高く、世界中どこに行ってもおよそ100人に1人が統合失調症と言われています。厚生労働省によると日本国内だけで79.5万人の患者さんがいるそうです。(ちなみにこれは喘息患者さんの数とほぼ同じです。)

統合失調症の典型的な症状は「妄想」と「幻覚」です。「頭の中で誰かが喋っている」という訴え(幻聴)や病的な独り言、「誰かにずっと監視されている」などの妄想は統合失調症を疑わせるエピソードです。(鋭い人は気が付いたでしょうが、古来、預言者やシャーマンのような「神託」を受け崇められた人々は、現代の基準で言えば統合失調症と診断され、入院治療の適応となるのではないかと思います。)

上記のような派手な症状は陽性症状と呼ばれます。これは明らかに人目を引くため、陽性症状が急に出現した場合に患者さんは病院を受診することになります。しかし統合失調症にはもう一つの側面があります。統合失調症の患者さんを注意深くみてみると、感情の起伏の低下や意欲の低下、引きこもりなどのうつ病に似た症状が併存しています。これらは陰性症状と呼ばれ、実際にうつ病と誤診されることも多いようです。これら陰性症状には薬物治療が効きづらいとされています。なぜ統合失調症になるのか? という問いへのシンプルな答えは今のところありません。わかっているのは、これという単一の原因では説明が不可能で、遺伝子の影響や生育環境など、様々な要素が重なり合って発症に至るということです。

現在わかっている原因のひとつにドーパミンの話があります。脳内の興奮物質であるドーパミンを増やす薬(覚醒剤)を使用すると統合失調症に似た症状が誘発され、逆にドーパミンの作用をブロックする薬が統合失調症の陽性症状(幻覚、妄想など)を抑える効果があることから、統合失調症は脳内のドーパミンの過剰が原因で発症するのでは? と考えられたのです。このドーパミン仮説は精神薬理学の世界を一時期席巻し、ドーパミンをとにかく抑える事を是とし、定型精神病薬を副作用が出る限界まで大量に処方する傾向がありました。

しかし、ドーパミンというのは動物が生きていく上で重要な物質です。人間の快楽を司るのもドーパミンですし、身体を動かす際の制御系にもドーパミンは関わっています。そのような大切な物質、ドーパミンを薬でブロックすると、当然、多くの副作用が出現します。ボンヤリする、眠くなるなど頭の活動が低下することに加えて、パーキンソン病と同じように手が震えたりすることもあります。遅発性ジスキネジアと言われる長期服用の後に出現する不随意運動は、原因となった薬を辞めても症状が改善しません。一日中、口が勝手にモグモグし続ける状態を考えると、命には関わらないとはいえ、その辛さを想像するのは難しくないと思います。そのような副作用のリスクに加え、ドーパミン系の薬剤は、陰性症状には無効とされています。現在ではドーパミン仮説は、統合失調症の一部分を説明することはできても、全体像を捉えたものではないと考えられています。

1990年代になって、非定型抗精神病薬と呼ばれるドーパミン以外の物質にも作用する薬が使用されるようになります。SDAというセロトニンとドーパミンを一緒にブロックする薬や、MARTAと呼ばれるヒスタミンやアセチルコリンをブロックする薬など、様々な試みにより副作用の頻度は以前よりは改善したようです。しかし依然として治療効果には限界があり、患者さんの立場からも、医療者の立場からも決して満足とは言い難い状況です。

統合失調症の発症年齢は若く、思春期から20台前半に発症のピークがあります。一度発症した後は、基本的には一生涯付き合っていく病気になります。予後に関しては、統合失調症患者さんの寿命は、平均すると15年ほど短いようです。

さらに自殺率が高いのも統合失調症の特徴の一つです。自殺は統合失調症患者さんの死因の10%を占め、彼らの人生が過酷なものであることを端的に示しています。世界人口の1%という、これだけ多くの患者がいながら、統合失調症の機序は依然として謎のままであり、薬物治療の方針は未だに迷走しています。
そこに今、カンナビスが新しい光を投げかけています。

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カンナビノイドと統合失調症の関係

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カンナビスや単離した THC を摂取した場合、ときに妄想や幻覚に似た症状が出現することは以前から知られていました。この類似性に着目し、「統合失調症の発症は、エンドカンナビノイドシステムの過活動のせいではないか?」と考えた人たちがいました。実際に調べてみると、統合失調症患者では髄液中のエンドカンナビノイドの量が健常者よりも増加していることがわかりました。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10501554

この「エンドカンナビノイド過活性化→統合失調症」説が正しければ、エンドカンナビノイドの作用を低下させれば、統合失調症の症状は改善するはずです。そのような意図で行われた、CB1受容体をブロックする試験はしかし、期待した結果を示すことが出来ませんでした。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15169685

その後のさらなる研究で示された仮説は当初の予想と正反対のものでした。

髄液中のアナンダミドの量が少ない患者ほど、統合失調症の症状がより重症に現れることが分かったのです。また統合失調症のハイリスク群において、同じく髄液中のアナンダミド値が低いほど、実際に発症する確率が高いことが示されました。

これらの結果からは、「エンドカンナビノイド過剰→統合失調症」ではなく「統合失調症→エンドカンナビノイドの活性化」という因果関係が考えられます。つまり、エンドカンナビノイドは乱れた脳内の化学物質のバランスを整えるために活性化され、統合失調症の症状を和らげる役割を果たしているという可能性が浮上したのです。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15354183

このエンドカンナビノイドの統合失調症の症状緩和作用は、複数の動物実験でも確認されています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10777802
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19607756

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CBDに期待される効果と臨床試験

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CBD には THC が引き起こす精神病症状を和らげる作用があることが知られています。加えて体内でエンドカンナビノイドを分解する酵素の働きを弱めることにより、間接的にエンドカンナビノイドを活性化させる作用があることもわかっています。
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1038/sj.bjp.0704327/abstract

このような特徴に注目し、CBD による統合失調症治療の臨床試験がドイツの Cologne 大学の精神科チームにて行われました。
http://www.nature.com/tp/journal/v2/n3/full/tp201215a.html?foxtrotcallback=true

この治験は、実際の統合失調症患者を対象に、実薬(CBD)と標準治療薬(ドーパミン系薬)のどちらかをランダムに投与し、効果の程度を比較するというものでした。

総勢39名の統合失調症患者さんが治験にエントリーされ、一ヶ月間、入院しながら投薬を受け、症状の改善具合が評価されました。対象となったのは、今回新規に発症しCologne大学に入院し、BPRSという重症度スコアで36点以上であり、かつ尿検査から大麻を含む違法薬物が検出されなかった患者さんです。

CBDと比較する治療薬として選択されたのは、アミサルプリドという薬です。これはドーパミンのD2/D3受容体のブロッカーであり、日本では販売されていません。欧州では標準治療薬のようです。(日本で流通しているドグマチールという薬の仲間に分類されます。)

実薬群(CBD)、対照群(アミサルプリド)とも、一日あたり 800mg の薬剤を内服しました。治療効果の指標としては、BPRS(Brief Psychiatric Rating Scale)および PANSS(Positive and Negative Symptoms Scale)というスコアがどれくらい改善したかで評価しました。

果たして、CBDには期待されたような効果があったのでしょうか?

結論を言うと、CBDには充分な効果が認められました。一ヶ月後の重症度スコアにおいて、CBDを投与された患者群は、標準治療薬(アミサルプリド)を投与された患者さん達と同じ程度の劇的な症状の改善を示したのです。

特に注目すべきは、陰性症状への効果です。グラフに示された通り、CBD は陰性症状に関するスコアに関しては、従来薬よりも優れた効果を示しています。これは CBD が現在の標準治療では対応が難しい陰性症状への特効薬となる可能性を示す結果です。

 

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他にも素晴らしい可能性が、この実験から示されました。

先ほども述べたように、ドーパミン遮断薬には多くの副作用が伴います。特に頻繁に問題となるのは、錐体外路症状という運動の異常、体重増加、性欲の減退です。この実験で調べた範囲では、CBDオイルを投与された群では、そのいずれの副作用も、標準治療薬よりも少なかったのです。

 

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この実験からは、CBDは現在の標準治療薬と同じ程度の有効性を有し、かつ副作用は少ないという可能性が示されました。

また、この実験において、患者さんの血液中のアナンダミドの値を調べてみたところ、CBD群では内服開始後にアナンダミド値の上昇を認め、またその値がより増加している人ほど、症状の改善が著しいという関係が認められました。

 

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このデータから、CBDを摂取することでエンドカンナビノイドシステムが賦活され、その結果として統合失調症の症状が改善したという可能性が考えられました。

その他の臨床試験では、GW製薬の製造するエピディオレックスが、第一選択薬だけで症状をコントロール出来なかった統合失調症患者88名に対して有効であったと報告されています。
https://www.gwpharm.com/about-us/news/gw-pharmaceuticals-announces-positive-proof-concept-data-schizophrenia

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現時点とこれから

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これらの研究はいずれも、第二相試験と呼ばれる小規模な試験であり、CBD が統合失調症の治療薬として正式に認められるためには、より大きな規模の第三相試験でその有効性を示す必要があります。

現状では、日本国内ではCBDオイルは食品の扱いとなっており、保険医療の対象外です。価格も決して安くはありません。しかし経済的事情が許せば、試してみる価値があるケースもあるでしょう。臨床試験と異なり、日常診療では併用が可能です。量に関しても、個体差が大きいため実際には 800mg 以下の少量でも効果を感じる人も多いはずです。

従来の抗精神病薬に、CBDオイルを追加で使用してみる。
その結果、陰性症状が改善されるかもしれない。
抗精神病薬の量を減らすことができるかもしれない。
副作用の出現を予防することができるかもしれない。

探求の果てに辿り着いた答が道端の雑草であるというのは、現代文明にとって極めて示唆的ではないでしょうか? とは言ってもこれは、スピリチュアリズムではありません。単なる雑草を巡る、純然たるサイエンスの話です。

まとめ:

CBD オイルはドーパミン系治療薬と全く異なるメカニズムで作用する為、統合失調症の治療において以下のようなメリットが期待されています。

① 従来薬で効果が乏しい患者に有効である
② 従来薬と併用する事で、相乗効果が期待される
③ 従来薬の副作用で忍容性が低い患者にも利用可能である
④ 従来薬の効果が乏しい陰性症状を改善する可能性がある

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