大阪大学分子神経科学 木村文隆准教授への反論 ー 警視庁の大麻プロパガンダに立ち向かう その3

2019.01.29 | 安全性 | by greenzonejapan
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大阪大学分子神経科学 木村文隆准教授への反論 ー 警視庁の大麻プロパガンダに立ち向かう その3
2019.01.29 | 安全性 | by greenzonejapan
昨年、警視庁発表の大麻に関する広報物が多くの科学的な誤りを含むことに対して、我々は公式な反論を展開してきました。その影響でしょうか?シリーズ第3回として発表された大阪大学分子神経科学の木村文隆先生のインタビューは、一部の出典を明記するという改善が認められました。

仮に我々の活動が日本の公的機関のリテラシー向上に繋がったのであれば、それに勝る喜びはありません。しかしながら、ご自身が認めておられる通り、木村先生はネズミの脳を研究している方であって、医者でも大麻の専門家でもありません。残念ながら、その主張には知識不足による誤りもしくは意図的な論理の飛躍が認められます。

我々としてはこれを看過せず、再度ここに反論します。

 

そもそも人間の脳内にはエンドカンナビノイドと呼ばれる、大麻の有効成分に似た神経伝達物質が存在します。

脳細胞同士の間に神経回路ができる際、エンドカンナビノイドは CB1受容体に結合することで余分なシナプスを刈り込む作用があるそうです。これは神経回路の形成において重要な役割を果たしています。

木村グループの動物実験(http://www.jneurosci.org/content/36/26/7039)では、生後2日のマウスに大麻草に含まれる THC を単離し5日間注射(10 mg/kg)して脳を解剖したところ、神経繊維密度が低下していたそうです。

その結果をもって、大麻の使用は人間でも危険であると彼は警告しています。これは明らかな誇張であり、論理の飛躍があります。以下に問題点を指摘します。

1. 投与成分の問題

 

木村グループの研究では、化学合成された THC のみを使用しています。

一方で、天然の大麻草には 100種類近いカンナビノイドと、その他にもテロペノイドと呼ばれる植物の芳香成分が含まれています。これらの成分が合わさることで初めて、大麻草の薬効が発揮されると言われており、これを専門用語でアントラージュ効果と言います。喩えるなら、天然の大麻草はさまざまなスパイスを混ぜて作られるカレー。一方で木村先生が実験で使ったのはトウガラシだけ。

木村先生の仰っていることは、唐辛子をバケツ一杯食べてお腹が痛くなった人をみて、「カレーライスは危険だ!」と主張するような印象を受けます。

2. 投与経路・投与量

ご指摘の通り、大量の THC はニューロンを刈り取る作用があるのかもしれません。しかし、興味深いことに近年、全く真逆の作用が報告されています。

「記憶と認知機能に対する THC の二相性効果」と題された以下の論文では、低用量の THC の投与で認知機能の改善が認められ、アルツハイマー型認知症で起きる海馬の神経変性を予防し、むしろニューロンの形成を促したと報告されています。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29574698

木村研究で投与された THC の量は人が医療や嗜好目的で使用する量の 10倍程になります。(換算の根拠に関しては末尾にある福田一典先生のブログをご参照下さい。)一般的な大麻の使用量により近いのは、上記の低用量投与の方向ではないかと思います。

また木村研究では大量の THC をアルコールに溶かして腹腔内に注射で投与しています。この投与経路の違いが、逆の作用につながる可能性が最新の研究で報告されています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov//pubmed/30521850
これまで静脈注射で行なっていたカンナビノイドによる動物実験を吸入投与にしてみたところ、驚くべきことに、メスのラットでは大麻の使用で、ワーキングメモリーの向上が認められたそうです。

大麻を注射で使用することはなく、吸入の方がより自然な投与方法です。再びトウガラシに喩えるなら、木村先生の言っていることは、トウガラシを目の粘膜に塗って痛がるのをみて、「やっぱりカレーを食べるのは危険」と主張しているようなものです。

3. 人間とネズミの違い・年齢の問題

言うまでもないことですが、人間とネズミでは身体や脳の構造が異なります。ネズミの研究の結果がそのまま人には当てはまらないからこそ、医薬品の研究にはヒトでの大規模な臨床試験が義務付けられています。

また、木村研究では生後2〜7日のマウスを使用しています。これは人間で言うなら生後3ヶ月から1年の乳幼児に相当します。これは神経の発達において最も重要な時期であり、大人の脳とは別物です。

木村研究とは、最も脳が発達する赤ちゃんの時期に、通常摂取量の10倍近い量を、しかも注射にて投与した実験であるということを、前置きとして説明するのが科学者としての真摯な態度ではないでしょうか?

動物実験の結果をもって言えることは、人間にも影響がある「かもしれない」というレベルであり、断定と推論の使い分けは文章を書く際の基本です。

4. アウトカムの評価と可逆性の問題

この研究で評価したのは、ネズミの脳を顕微鏡で見たときの変化であって、ネズミの行動や認知機能の変化ではありません。曲がったキュウリだからといって、味は変わらないことを思い出してください。この結果から、人間の高次の脳機能や認知機能に影響が出るとは言えません。

実際に、がん治療中の患者を対象とした最新の研究では、抗がん剤治療に大麻を併用した患者では倦怠感、食欲、睡眠の改善が得られましたが、心配された認知機能の低下は3ヶ月の投与期間中、認められませんでした。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov//pubmed/30540595

大麻の使用は認知機能や高次脳機能に影響があるという報告も認められます。しかし研究の結果、そのような機能低下は一時的なものであり、大麻の使用を中止すれば時間と共に改善するというのが定説になっています。

以下の研究は2018年にJAMA Phiciatryという医学雑誌に掲載された、これまでの大麻の認知機能への影響に関する報告をまとめて評価した論文です。69本、2,152人の大麻ユーザーのデータをまとめた結果、大麻の認知機能への影響は軽微であり、使用中止に伴って改善が得られると結論されています。
https://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/article-abstract/2678214?redirect=true

一回の大麻使用で脳に不可逆的なダメージが残るという木村先生の主張には、科学的な根拠がありません。

たとえば、ハリウッドスターには大麻の使用を公言し擁護する方が多くおられます。

アン・ハサウェイやキャメロン・ディアスの脳には、不可逆的なダメージが残っているのでしょうか?

5. 世界の反応

警視庁と木村先生は、「大麻の成分が悪影響を及ぼすメカニズムを世界で初めて明らかにした」と誇らしげに書かれていますが、逆を返せば、世界で彼らだけが奇妙奇天烈なことを言っているという可能性はないでしょうか?

この論文が発表されてからの引用は、2年間で5件に留まっています。本当に価値のある発見であれば、その後に沢山の研究が続くのが普通です。

一方で、2018年の1年間だけで、これだけの国と地域が大麻に関する法律を変更したり、改正を検討しています。

オランダの一部で嗜好大麻の試験栽培を計画
マルタで医療大麻合法化
イスラエルで嗜好大麻が非犯罪化
スリランカで医療大麻の農園開設
英国領マン島で大麻非犯罪化
ポルトガルで医療大麻合法化
英国で医療大麻合法化
ジョージアで大麻非犯罪化
セントビンセント・グレナディーンで医療用・研究用大麻の非犯罪化を検討か
イタリア保健省が医療大麻法の拡大を約束
スイス連邦会議、大麻に関する調査への支持を表明
カリブ海諸国連邦政府CARICOMが各国における大麻合法化の検討で合意
米国・デラウェア州で大麻犯歴削除
南アフリカ大麻非犯罪化
北マリアナ諸島で大麻合法化
マレーシアで医療大麻合法化の議論
カナダ大麻合法化
グアムで医療大麻の患者による栽培が合法化
バヌアツが医療大麻合法化を計画
ギリシャで医療大麻栽培認可
米国・ユタ州で医療大麻合法化
米国・ミズーリ州で医療大麻合法化
米国・ミシガン州で嗜好大麻合法化
メキシコで大麻合法化決定・法案審議開始
インドで医療大麻の研究を承認
韓国で医療大麻合法化
ルクセンブルクで大麻合法化法案提出
タイ医療大麻合法化
バルバトスで医療大麻の合法化と嗜好大麻に関する住民投票の予定
ニュージーランドで終末医療の緩和ケアにおける医療大麻が非犯罪化
米国・連邦政府が産業大麻を合法化
米国・ニューヨーク州知事が嗜好大麻の合法化を宣言
フィリピン大統領が医療大麻合法化に前向き
フランスで医療大麻合法化についての調査を開始
トリニダードトバゴで2019年に医療大麻非犯罪化の検討を示唆

これらの国や地域で起きている法改正は、独裁者の独断で行われているわけではなく、専門家による、科学に基づいた検討と話し合いがベースになっています。そのことに対して、木村先生はどうお考えになられるのか、ぜひご意見を聞いてみたいところです。


まとめます。

木村先生の指摘は、ネズミの赤ちゃんの目にトウガラシを塗り込んで走り回るのをみて、人間の大人がカレーを食べることの危険性を説いているようなものです。当然、世界的には黙殺されています。

問題は大麻よりも、警視庁と大阪大学のリテラシーとガバナンスである。これが我々の答です。

※ 本原稿の執筆にあたり、福田一典先生(銀座東京クリニック)のブログ 「漢方がん治療」を考える  を参照させて頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。

執筆:正高佑志(医師)
校閲:三木直子(GREEN ZONE JAPAN)
資料提供:ボサノバ和尚(Twitter: @sativa_high)
監修・資料提供:切原旦陽(Twitter: @convictNo798)

“大阪大学分子神経科学 木村文隆准教授への反論 ー 警視庁の大麻プロパガンダに立ち向かう その3” への1件のコメント

  1. かよこ より:

    外国人の友人が木村氏の論文を読んで不安になり、私に相談してくれました。
    たしか日本では研究用の大麻すら禁止だったのでは?本物の大麻を使わない研究結果に信憑性があるのか?と疑問に思い、検索していたらこちらのサイトに辿り着きました。
    腑に落ちる内容で、納得できましたし、安心できました。カレーと唐辛子の例えは秀逸ですね。
    相談してきた友人にも読ませたら安心していて、内容もおもしろかったと喜んでいました。
    ありがとうございました^^

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