読売新聞の大麻汚染記事への問題提起

2019年9月30日から10月4日にかけ、読売新聞で「大麻汚染ー進む低年齢化ー」と題された記事が3回に分けて掲載されました。

Green Zone Japan は医療目的での大麻使用の合法化、および厳罰政策の見直しに賛同していますが、未成年の大麻使用は引き続き、規制の対象であるべきと考えています。したがって、未成年の間で嗜好目的の大麻使用が広まる事は問題であるとの見解は、読売新聞社と一致しています。しかし本連載においては事実関係の誤認や、科学的検証に反する内容が複数箇所に認められたため、以下に問題点を指摘します。

(1) 連載1回目にて

大麻はゲートウェイドラッグと呼ばれより刺激の強い覚せい剤などの乱用に繋がる可能性が高いと国立精神・神経医療研究センターがコメントしている

との記載があります。

「大麻自体の有害性は大したことはなくても、大麻の使用は、その後のより有害な薬物(ハードドラッグ)使用のキッカケになる」という考え方は、ゲートウェイ仮説と呼ばれています。

この概念が誕生したのは 1970年代になってからです。

その背景には、元ハーバード大学の異色の研究者、ティモシー・リアリー博士が 1969年、自身の大麻所持に対する裁判で勝利し、それまでアメリカで大麻を規制する根拠となっていた「大麻課税法」が違憲であると最高裁判所が判決を下したことが関係しています。

当時、アメリカはベトナム戦争真っ只中で、ヒッピームーブメントと黒人の公民権運動の嵐が吹き荒れていました。1969年に秩序の回復を謳い、保守層の支持を得て大統領に当選した共和党のリチャード・ニクソンは、薬物に対して強硬な姿勢を改めて打ち出し、「麻薬撲滅戦争」の開始を宣言します。そして出来たのが 1970年から今日まで続く、物質規制法です。

この法律で、大麻は「医学的な有用性が無く乱用の恐れが高い物質」としてスケジュールIに分類されましたが、それに先立って医学的な妥当性を検討したシェーファー委員会はこの分類に反対しています。しかもこの前年には、最高裁が大麻規制を違憲と判断しているのです。

そこで、この判断を再び覆す為の根拠として考案されたのが、ゲートウェイ仮説の始まりです。「仮説」として誕生したゲートウェイ理論を「証明」するべく、合衆国政府はこれまで、多額の研究資金を投入してきました。にもかかわらず、半世紀を経た今でも、この仮説を支持する決定的な科学的証拠は存在しません。合衆国各地で州法の改正が相次ぐ現在、この仮説を提唱した合衆国政府は、白旗をあげつつあります。

国立衛生研究所(NIH)がどのような見解を示しているか、公式ホームページから見てみましょう。

「大麻はゲートウェイドラッグなのか」(概訳)

 大麻の使用が、その他の合法・非合法ドラッグに先行し、大麻以外の物質への依存につながる可能性を示唆する研究は存在する。 たとえば、「アルコール使用と関連疾患に関する疫学調査」の時系列データを使った研究では、調査の初期段階で大麻の使用を報告した回答者は続く3年間にアルコール使用障害と診断される割合が高かった。ニコチン依存症を含め、他の物質の使用障害についても同様だった。 

ネズミを使った研究では、幼獣期に大麻に暴露されると、成熟したのちに脳内報酬系の機能低下に繋がった。この結果が人間にも適応可能だとすれば、これは早くから大麻を使用した者が後年その他の薬物の依存になりやすいことの論理的裏付けとなるだろう。これはまた動物実験で、大麻のTHCがその他の薬物に対する脳の感受性を亢進させる可能性が示唆されたこととも矛盾しない。たとえば THC に暴露されたラットはモルヒネに対しても感受性が高くなり、これは cross-sensitization(交差感作)と呼ばれる。 これらの所見は大麻をゲートウェイドラッグとみなす仮説を裏付けるものである。しかしながら、大麻使用者の大半は、その他のハードドラッグの使用に進むことはない。また先述の cross-sensitization は大麻に限った現象ではない。酒に含まれるアルコールやタバコに含まれるニコチンも THC と同じく、その他の薬物に対する感受性を高めることがわかっているし、酒やタバコも通常、その他のより有害な薬物に先行して使用される傾向がある。 

重要なのは、生物学的なメカニズム以外にも、たとえば社会環境など、個人の薬物使用のリスクに大きく影響する要素が存在するということに注目することである。ゲートウェイ仮説に代わる仮説としては、薬物使用のリスクがある人は、単純に身近なところにある大麻、タバコ、あるいはアルコールから手を出しやすく、その後薬物を使用する人たちとの人間関係こそが、他の薬物を使用する機会を増やす、というものである。この問題に対する最終的な答えには、更なる研究が必要である。

ちなみに、これは合衆国政府直轄の国立衛生研究所が、管轄下にある研究所の一つで薬物乱用についての研究を使命とする国立薬物乱用研究所(NIDA)の研究に基づいて示している見解です。合衆国は未だ大麻をスケジュールIという最も危険な薬物に分類しています。それにしてはずいぶんと控えめな、まるでゲートウェイ仮説は間違いであると言いたげな記載ではないでしょうか?

次に、大麻を完全に合法化したカナダ・オンタリオ州政府のウェブサイトを見てみましょう。

 


要点(Key Messages)を全訳します。

■ ゲートウェイ仮説は全体として証明されておらず、特に、大麻の使用がその他の薬物の使用の原因となると結論するエビデンスは存在しない。
■ ほとんどの大麻使用者は、その他のドラッグの使用には至らない。しかしながら、頻回の大麻使用や早期からの使用はその後の薬物使用と相関がある可能性がある。
■ 最終的にハードドラッグに辿り着くユーザーが、身近な酒、タバコ、大麻から使用し始めると考えることは可能である。
■ 薬物の使用開始も、その後の継続的な使用も、周囲の社会的な影響や幼少期の過酷な体験といった複雑な要素が関係している可能性がある。

NIH と基本的に同じ事を述べていますが、こちらの方がダイレクトに否定的です。

このような科学的知見から、日本の公的機関および報道機関は意図的に目を背けていないでしょうか? 大麻と覚せい剤、シンナーを同列に並べ、あえて混同させるような報道こそが、大麻をゲートウェイドラッグにしている可能性がないと言えるでしょうか?

(2) 連載2回目にて

「たばこより害が少ない」「タバコや酒よりも依存性が低い」などの誤情報はネットで広まり続けている。

との記載があります。

大麻の安全性に関する研究もまた、その有害性をなんとかして示し、法規制の根拠を打ち立てたい合衆国政府の公的資金によって行われ、その結果、逆説的に高い安全性を示すデータが複数、報告されています。

その決定版とでも言うべきデータが、2010年の『Lancet』に掲載された Nutt らの研究です。
https://www.researchgate.net/publication/285843262_Drug_harms_in_the_UK_A_multi-criterion_decision_analysis

これは薬物乱用大国であるイギリスを舞台に、薬物問題の専門家委員会が組織され、薬物の総合的な危険性をランキングしようと話し合った結果に基づいて作成されています。以下がその結果です。

 

画面の左にあるほど、危険性が高いドラッグです。第1位に輝いたのは、お酒に含まれるアルコールでした。タバコは6位で、大麻は8位です。

ちなみにこの論文は、薬物政策に関する国際委員会(GCDP)のレポートでも引用されています。GCDP は各国の薬物政策の見直しを提言するために 2011年に作られた有識者団体ですが、元首相経験者 14人、ノーベル賞受賞者 5人を含め、その顔ぶれは錚々たるものです。


世界のリーダーとでも言うべき人々が、間違った薬物政策に対する警鐘を鳴らす時に手に握っているのがこの論文です。大麻に関する誤情報を広めているのは、どちらでしょうか?

(3) 連載3回目にて

京都洛南病院の川畑俊貴副院長のコメントとして「大麻の使用により進行性疾患に陥る」との記載があります。また同氏は「同施設への大麻依存症での来院者はこの5年で大幅に増え、その2割は入院が必要な重傷者だ」とコメントしています。

彼は昨年、警視庁が作成した「大麻を知ろう」という薬物乱用防止啓発運動のパンフレットにも登場し、以下のように証言しています。

■ 平成26年以降、洛南病院では大麻依存症で入院する患者が約20倍に増えた。
■ 入院している薬物依存症患者の15〜16%くらいが大麻依存症である。

この内容に関して、私は実際に同院を訪れ、院長先生と面会し、入院記録の照会を行い、同院における年間の大麻関連入院件数が 13件であったこと、そのほとんどが一過性の妄想性障害であり、速やかに退院していくことを確認しています。
http://www.greenzonejapan.com/2018/11/16/police_1/

川畑氏が述べる「進行性疾患」が具体的に何を指しているのか、この文脈でははっきりしませんが、はっきりとした病名を挙げることは困難だと思われます。これは科学的な根拠の乏しい印象操作と言わざるを得ません。

 


 

我々は連載が終了した10月4日、読売新聞社に対し、電話にて、科学的根拠の提示を求めました。それに対し、10月7日、読売新聞社会部より、以下のような回答を頂きました。

我々は、上記の問題点の指摘をメールにて行いましたが、その後返信はありません。読売新聞にはファクトチェックを行うだけの能力がないのか、もしくは大本営発表に異を唱える意志がないのか。いずれにせよ、報道機関としての基本的な機能や姿勢に問題があると言わざるを得ません。

科学的に誤った薬物教育は、薬物のリスクやベネフィットの適切な評価を困難にし、薬物乱用による被害を助長する可能性があります。日本最大の発行部数を誇る新聞社の現状を、大変遺憾に思います。

 

文責:正高佑志(医師)

参考文献:
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4929049/
真面目にマリファナの話をしよう 佐久間裕美子 文藝春秋社

2 Replies to “読売新聞の大麻汚染記事への問題提起”

  1. 詳細なご報告に感銘を受けました。
    当方海外に在住のため読売新聞の記事には接しておりませんが、先日も雑誌社のネットメディアでエビデンスに全く基づいているとは思えないヒステリックな精神科医の記事を読み暗澹たる気持ちになりました。
    ぜひ、読売新聞への投稿など紙面に載る形でのアクションをお取りいただけないでしょうか。
    海外から日本の状況を眺めるにつけ、閉塞し生きづらいといわれる社会の変革と苦しむ人たちの手助けに大麻が役立つに違いないと考えます。
    是非今後も有益な記事を発信していただくと同時にアクションにまで踏み込んでいっていただきましたら幸いです。
    応援しております。
    よろしくお願いいたします。

  2. Light Northern より: 返信

    大麻取締法4条の撤廃や改正を速やかに行い、早く日本にも正しい大麻の情報が浸透し、本当に医療用大麻が必要な人々が1日でも早くアクセスできるように正高さんの活動を応援しております。

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