
スポーツ会場での薬物使用、アメリカとイギリスの驚くべき違い
週末のスタジアムで繰り広げられる熱狂的な応援風景。多くの人がアルコールを片手に試合を楽しむ光景は珍しくありませんが、実際にはアルコール以外の薬物使用も相当な割合で行われていることが、最新の国際調査で明らかになりました。
アメリカとイギリスで実施されたこの大規模調査では、スポーツ観戦時の薬物使用率に国家間で顕著な差があることが判明しました。特にアメリカでは、10人に2人以上のファンが過去1年間にスポーツ会場で違法薬物を使用していたという衝撃的な結果が示されています。
研究の背景と重要性
スポーツファンの薬物使用については、これまで学術的な注目をほとんど集めてきませんでした。しかし、ファンの行動や態度を理解し、効果的な害削減と教育的取り組みを通じてファンコミュニティを支援するためには、この実態を把握することが不可欠です。
特に大麻合法化が進むアメリカと、比較的厳格な薬物政策を維持するイギリスでは、スポーツ観戦という社会的文脈での薬物使用パターンに違いが生じている可能性があります。この研究は、そうした文化的・政策的違いがファンの行動にどのような影響を与えているかを初めて体系的に調査したものです。
研究方法
研究チームは、アメリカとイギリスの主要スポーツファンを対象に大規模調査を実施しました。総サンプル数は2,556人に達し、薬物使用の実態、動機、背景要因を詳細に分析しました。
アメリカでは1,471人(平均年齢38.91歳、標準偏差12.03)のファンが参加し、アメリカンフットボール、野球、バスケットボール、アイスホッケーの各364~376人のファンが含まれました。イギリスでは1,085人(平均年齢43.34歳、標準偏差13.34)が参加し、サッカー、ラグビー、クリケットの各361~363人のファンが調査対象となりました。
結果:国家間の圧倒的な違い
調査結果は、アメリカとイギリスの間に予想を上回る大きな差があることを示しました。過去12ヶ月間の娯楽的薬物使用について、一般的な使用率はアメリカで37%、イギリスで14.2%でしたが、スポーツ会場での使用率はより顕著な差を示し、アメリカで22.9%、イギリスで6.5%となりました。
統計的分析では、人口統計学的特徴を調整した後でも、アメリカのファンは一般的な薬物使用について3倍以上高いリスクを示しました(オッズ比3.30、95%信頼区間2.68-4.06、p<0.001)。さらに重要なのは、スポーツ会場での薬物使用については、アメリカのファンがイギリスのファンより4倍以上高いリスクを示したことです(オッズ比3.98、95%信頼区間3.00-5.27、p<0.001)。
薬物使用の目撃についても同様の傾向が見られ、アメリカのファンの76.6%がスポーツ会場で他人の薬物使用を目撃したと報告したのに対し、イギリスでは60.9%でした(オッズ比1.55、95%信頼区間1.29-1.88、p<0.001)。興味深いことに、アルコール消費については逆の傾向が見られ、試合観戦時に少なくとも半分の確率で飲酒すると回答した割合は、アメリカで54.9%、イギリスで59%でした(オッズ比0.83、p=0.003)。
使用される薬物の種類
使用される薬物の種類についても、国家間で明確な違いが確認されました。アメリカのスポーツファンの間では、大麻が圧倒的に多く85.5%を占め、続いてコカイン12.5%、アンフェタミン類7.7%、コデイン6.8%、合成大麻5.3%の順でした。
一方、イギリスではより多様な使用パターンが見られ、大麻が64.3%、コカインが47.1%という結果でした。特にラグビーファンでは、コカイン使用の目撃率が60.3%に達し、クリケットファンの40.8%を大きく上回りました(χ²(2)=16.31、p<0.001)。サッカーファンでは約48.5%がコカイン使用を目撃していました。
スポーツ種目による違い
スポーツ種目間の比較では、国によって異なるパターンが明らかになりました。アメリカでは、アメリカンフットボール、野球、バスケットボール、アイスホッケーの間で薬物使用率に有意な差は見られませんでした。
しかし、イギリスでは明確な違いが確認され、ラグビーファンはクリケットファンより3倍以上(オッズ比3.57、p<0.001)、サッカーファンは2倍以上(オッズ比2.32、p=0.009)高い薬物使用率を示しました。実際の使用率は、ラグビーで8.3%、サッカーで8.9%、クリケットで2.2%でした。
使用動機
薬物使用の動機については、両国で類似した傾向が見られました。最も多く挙げられた理由は「気分を良くして高揚感を得るため」で、アメリカで81.0%、イギリスで61.4%でした。次に多かったのは「友人と楽しむため」で、アメリカで71.2%、イギリスで62.9%となりました。
その他の動機として、「実験のため」がアメリカで13.9%、イギリスで22.9%、「他のグループに合わせるため」がアメリカで11.6%、イギリスで11.4%という結果でした。興味深いことに、スポーツ会場以外で薬物を使用するファンが会場での使用を控える最も一般的な理由は、「薬物使用が試合観戦に適さない」というもので、アメリカで67.3%、イギリスで89.3%でした。
チームへの帰属意識との関連
チームへの強い帰属意識(アイデンティティ融合)と薬物使用の関係についても、国による違いが明らかになりました。イギリスでは、お気に入りのチームに強く帰属意識を持つファンは、スポーツ会場での薬物使用を認める可能性が2倍高くなりました(オッズ比2.31、95%信頼区間1.15-4.66、p=0.019)。
一方、アメリカではスポーツファンダムやチームボンディングと薬物使用の間に有意な関連は見られませんでした(p値>0.541)。代わりに、より頻繁な試合観戦(オッズ比1.27、p<0.001)と低い社会経済的地位(オッズ比0.92、p=0.040)が薬物使用と関連していました。
考察:文化的背景と社会的意味
これらの結果は、スポーツ観戦における薬物使用が単純な個人的選択を超えた、複雑な社会文化的現象であることを示しています。研究者らは、この現象をカーニバレスク理論とアイデンティティ融合理論の観点から解釈し、薬物使用がスポーツ環境での集団表現と儀式的転倒の一形態として機能している可能性を指摘しています。
特に注目すべきは、薬物制裁に対する態度における国家間の違いです。アメリカでは、チームへの強い帰属意識を持つファンが一方でコカイン、大麻、幻覚剤使用に対してより厳しい制裁を支持する(B=0.39-0.48、p<0.001)という矛盾した結果が見られました。これは、包括的なグループ規範と内集団の逸脱行為を取り締まろうとする努力の間の緊張を示唆しています。
イギリスでは、チームボンディングが薬物使用と制裁支持の両方と関連しており、これは一時的な社会規範の停止と内部グループ規制が共存するカーニバレスク的解釈と一致しています。
公衆衛生への示唆
この研究結果は、スポーツコミュニティにおける薬物使用の実態が予想以上に広範囲であることを示しており、従来のアプローチの見直しが急務であることを示しています。特に、アメリカにおけるスポーツ会場での高い薬物使用率は、現在の対策が不十分である可能性を強く示唆しています。
同時に、イギリスの比較的低い使用率は、厳格な薬物政策と社会的規範が一定の抑制効果を持つ可能性を示しています。しかし、目撃率の高さ(60.9%)を考慮すると、使用の過少報告の可能性も考えられます。
研究者らが提案するように、薬物使用をファン文化の一部として認識し、恥辱感を軽減しながら教育、安全性、健康を優先するターゲット介入の開発が重要です。特に、国や競技種目の文化的背景を考慮した、きめ細かい害削減戦略の必要性が浮き彫りになっています。
まとめ
この研究は、スポーツ観戦という一般的な社会活動の背後に、複雑で広範囲な薬物使用の実態が存在することを初めて定量的に明らかにしました。アメリカでは5人に1人以上、イギリスでも15人に1人のファンがスポーツ会場で薬物を使用しているという事実は、スポーツコミュニティ、政策立案者、公衆衛生関係者にとって看過できない重要な発見です。
今後は、この実態を踏まえた効果的な害削減戦略の開発と、ファンの安全と健康を守るための包括的な取り組みが求められます。薬物使用を非難するのではなく、現実を受け入れた上で、より安全で健康的なスポーツ観戦環境の構築に向けた議論が必要でしょう。
参考文献
Newson, M., Peitz, L., & Ruler, M. (2026). Recreational Drug use at Sports Events in the US and UK. Journal of Sport and Social Issues. DOI: 10.1177/01937235251387699. 取得先: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41728011/

経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。
研究分野:臨床カンナビノイド医学
活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。
書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン)
所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員)
更新日:2026年5月27日
コメントを残す