このブログ記事では、2026年に『The Journal of Sex Research』に掲載された最新の研究論文「『最高に美しい感覚』:若年成人における大麻の影響下での性行為に関する身体的、心理的、およびジェンダー化された動機の探求」の内容を詳しく解説します。
カナダのケベック州で行われたこの調査は、若者がなぜ大麻を使用してセックスを行うのか、その「快楽」と「ジェンダー(社会的性別)」に焦点を当てた画期的な研究です。
はじめに:なぜ「大麻とセックス」の研究が必要なのか?
世界的に見て、大麻はアルコールに次いで、性的文脈で最も頻繁に使用される物質です。特に若年成人の間ではその傾向が顕著で、ケベック州の調査では男性の45%、女性の35%が「ハイ」な状態で性行為を経験したことがあると回答しています。
しかし、これまでの研究の多くは「リスク(避妊なしの性交や依存症など)」にばかり焦点を当ててきました。その結果、若者がどのようなニーズを満たすために、意図的に大麻を選択しているのかという、ポジティブな側面や複雑な動機が見落とされてきたのです。
この論文は、27名の若者への詳細なインタビューを通じて、彼らの「生の声」からその動機を解明しようとしています。
研究の方法:27人の「生の声」を聞く
研究チームは、ケベック州に住む18歳から24歳の若者27名を対象に、半構造化インタビューを実施しました。参加者の属性は非常に多様で、シスジェンダーの男女だけでなく、トランスジェンダー男性、ノンバイナリー、アジェンダー、クィアなど、多様なジェンダーアイデンティティを持つ人々が含まれています。
分析には「ジェンダー構造フレームワーク(Gender Structure Framework)」という理論が用いられました。これは、ジェンダーを単なる個人の特徴ではなく、以下の3つのレベルで機能する社会的構造として捉える考え方です。
- 個人次元: ジェンダー規範やアイデンティティの内面化。
- 相互作用次元: 対人関係におけるジェンダーの演じ方や交渉。
- マクロ次元: 文化、制度、社会的期待による規範の強化。
この視点を用いることで、大麻使用の動機が単なる個人の好みではなく、社会的なジェンダー規範といかに深く結びついているかが浮き彫りになりました。
性行為における大麻使用の3つの主要な動機
インタビューの結果、若者が大麻を使用してセックスを行う動機は、大きく分けて以下の3つのカテゴリーに分類されました。
1. 性的体験の強化と変容(Enhancing and Transforming)
最も多く語られたのは、大麻が感覚や感情、関係性を深めるという側面です。
- 感覚の増幅: 多くの参加者(18名)が、シラフの時よりも快楽が強まり、「エウフォリック(幸福感に満ちた)」な状態になると述べました。ある参加者は、普通の愛撫が「1000倍も強く感じられる、美しい感覚」に変わると表現しています。
- 性的機能の向上: 特にトランスジェンダー男性の間では、性的欲求(リビドー)や覚醒を高めるための「ハック(裏技)」として大麻が使われていました。
- 深い繋がりと親密さ: 多くの参加者(12名)が、パートナーとの間に「物理的・感情的なコクーン(繭)」のような特別な繋がりを感じると回答しました。双方が大麻を使用していることが重要で、それによって「同じ波長」になれると感じるのです。
- 探索と開放: 恥ずかしさや日常のルーチンを打破し、新しいポーズやファンタジー(ロールプレイなど)に挑戦する自信を与えてくれます。
2. 性の円滑化と快楽への障害の除去(Facilitating Sex)
大麻は、セックスをよりスムーズにするための戦略的なツールとしても利用されていました。
- 不安の解消とリラックス: 特にシスジェンダーの女性(90%)は、日々のストレスや学校・仕事の悩みから解放され、その瞬間に集中するために大麻を使用していました。
- 過去のトラウマへの対処: 性暴力などのネガティブな過去を持つ参加者(特にジェンダー多様な人々)にとって、大麻は侵入思考を抑え、性的親密さを可能にするための「短期的なリソース」となっていました。
- 身体イメージへの不安の軽減: 自分の体に自信が持てなかったり、パートナーからどう見られているか気になったりする不安(特に女性やトランス男性に顕著)を、大麻が「気にしなくて済む状態」にしてくれます。
- 性行為を「耐える」ため: 驚くべきことに、性風俗などの仕事の際や、パートナーを喜ばせたいが自分に欲求がない時に、行為を「耐えやすくする」ために大麻を使って切断(ディソシエーション)を図るケースもありました。
3. 文脈的・付随的な影響による動機(Contextual Influences)
特定の目的があるわけではなく、習慣や環境によって結果的に大麻の影響下でセックスに至るケースです。
- 条件付け(パブロフの犬状態): 大麻と快楽が結びついているため、大麻を吸うだけで性的に興奮するようになるケースです。
- 日常のルーチン: 「夜にリラックスして大麻を吸う」という習慣と、セックスをするタイミングが重なっているだけという回答もありました。
- ピアプレッシャー(仲間内のノリ): パーティーなどの社交の場で、周囲やパートナーが吸っているから自分も吸う、といった状況です。
- 依存と常態化: 毎日使用している人の場合、シラフでいる時間がほとんどないため、セックスも必然的に「ハイ」な状態で行われることになります。
ジェンダーが動機をどう形作っているのか?
この研究の最も興味深い点は、大麻使用の動機が「男性らしさ」や「女性らしさ」といったジェンダー規範の影響を強く受けていることを明らかにした点です。
男性:パフォーマンスとイニシアチブ
シスジェンダーの男性にとって、大麻は「パフォーマンス(性的な能力)」を向上させ、自信を持ってイニシアチブを取るための道具でした。これは、「男性は常に性的欲求が強く、リードし、高いパフォーマンスを維持しなければならない」という有害な男性性の規範を内面化し、それに適応しようとする姿を反映しています。
女性:リラックスとメンタルロードからの解放
シスジェンダーの女性にとって、大麻は「リラックスし、考えすぎるのをやめる」ための手段でした。女性は日常生活でケア労働や感情的な責任(メンタルロード)を負わされることが多く、それが性的満足を妨げる要因となります。また、美の基準や「パートナーを喜ばせなければならない」という規範から一時的に逃れ、自分の快楽を追求するための「許可証」として大麻が機能していました。
ジェンダー多様な人々:対処と肯定
トランスジェンダーやノンバイナリーの人々にとって、大麻は「ジェンダー不協和(自分の体への違和感)」や社会的スティグマによる苦痛を和らげるための重要なリソースでした。同時に、大麻使用がクィア・コミュニティの文化の一部として、自分のアイデンティティを肯定し、繋がりを深めるツールになっている側面も確認されました。
結論と今後の展望:リスクから「快楽と主体性」へ
論文の結論として、著者たちは、大麻とセックスの関係を語る際に「快楽」と「主体性(エージェンシー)」を無視してはならないと強調しています。
大麻を使用することは、単なる「コントロールの喪失」や「リスクの高い行動」ではなく、多くの若者にとって、より良い性的体験を実現し、社会的なプレッシャーや身体的不安を克服するための「意図的な戦略」なのです。
私たちが考えるべきこと
この研究結果は、教育や医療の現場に対して以下のことを示唆しています。
- スティグマ(偏見)のない教育: 単に「大麻は危険だ」と否定するのではなく、若者がなぜそれを使うのかという現実に即した、非難を伴わない性教育が必要です。
- ジェンダーに配慮した支援: 男性にはパフォーマンスへのプレッシャー、女性にはメンタルロード、トランスジェンダーの人々には不協和やトラウマへの配慮など、ジェンダーに特化したアプローチが求められます。
- 快楽の権利を認める: 性的な幸福(ウェルビーイング)において快楽は不可欠な要素です。大麻がその快楽を追求するための手段となっている現状を認め、健康を守りながら、より安全で満足のいく選択ができるようサポートする姿勢が重要です。
「最高に美しい感覚」を求める若者たちの動機の背後には、彼らが直面している社会的な壁や、より良い繋がりを求める切実な願いが隠されていました。大麻とセックスの関係を深く理解することは、単なる薬物問題の枠を超え、現代の若者の「親密さ」と「自己肯定」のあり方を問い直すことにも繋がるのです。

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