
導入:オーストラリアで急増する高濃度THC製品の有害事象報告
オーストラリアでは2021年以降、医療大麻の処方承認の傾向が大きく変化しました。CBDが優位な経口オイル製品から、吸入型で高濃度のデルタ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)を含む製品へとシフトしているのです。これと時を同じくして、高濃度THC医療大麻製品を処方された後に精神病を発症したという症例報告も相次いで発表されるようになりました。
こうした状況を受け、オーストラリアの医療品規制当局であるTGA(Therapeutic Goods Administration)に自主的に報告された有害事象データを分析した研究が、The Australian and New Zealand Journal of Psychiatry誌に掲載されました。本記事では、この研究の内容を詳しく紹介します。
研究の背景:THC濃度によって分類される5つのカテゴリー
TGAは2021年後半、医療大麻製品をCBDと他のカンナビノイド(THCを含む)の比率によって5つのカテゴリーに分類する制度を導入しました。カテゴリー1はCBDが98%を超える製品、カテゴリー2はCBDが60%から98%未満の「CBD優位」製品、カテゴリー3はCBDが40%から60%の「バランス型」製品、カテゴリー4はCBDが2%から40%の「THC/他カンナビノイド優位」製品、そしてカテゴリー5はCBDが2%未満の「THC/他カンナビノイド」製品です。
カテゴリー5製品のほとんどはTHCを主成分としていますが、THC濃度自体は13%から88%超まで幅広く分布しています。オーストラリアでは、TGAによる有効性・安全性・品質の評価を受けていない未登録の医療大麻製品が1000種類以上も処方可能な状態にあります。
この研究は、2016年から2023年初頭までの有害事象報告を分析した以前の研究を土台とし、2022年半ばから2025年までの最新データを対象としています。
研究方法:情報公開請求データを用いた後ろ向き分析
本研究は、TGAに自主的に報告された医療大麻の有害事象について、2022年半ばから2025年までの期間を対象とした後ろ向き分析です。データは、情報公開請求(FOI)のログエントリ26-1890から取得されました。FOIデータは匿名化され公開されているため、本研究は人を対象とする研究倫理審査の対象外とされています。
分析対象は未登録の医療大麻製品であり、SativexやEpidyolexなどの登録済み医療大麻製品は除外されました。有害事象は、規制当局が使用する医薬品規制活動用語集(MedDRA)に基づいて分類されました。
結果:精神障害が有害事象の3割を占める
2022年7月6日から2025年5月31日までの期間に、全ての医療大麻カテゴリーを通じて615症例、1125件の有害事象が報告されました。このうち登録製品(Epidyolexなど)に関する1件の報告を除外した結果、最終的な分析対象は614症例、1124件の有害事象となりました。
1症例あたりの平均有害事象報告数は1.8件(標準偏差1.5)で、範囲は1件から17件でした。報告者の内訳を見ると、医療従事者からの報告が528件/614件(86.0%)と大多数を占め、患者・消費者からの報告は70件(11.4%)、製薬会社からは15件(2.4%)、流通業者その他からは1件(0.2%)にとどまりました。
全カテゴリーを通じて、最も多かったMedDRAシステム臓器分類(SOC)は精神障害で344件/1124件(30.6%)を占め、次いで神経系障害が201件(17.9%)、消化器障害が161件(14.3%)でした。特筆すべきは、14症例において自殺念慮(9件)、自殺行動(4件)、自殺企図(1件)が報告されていたことです。
剤形別に見ると、乾燥花(ドライハーブ)が最も多く284件/614件(46.3%)を占め、次いで経口液体が167件、電子タバコ製品が44件でした。64件(10.4%)については剤形情報が報告されていないか、特定できませんでした。カテゴリー5製品については、乾燥花としての報告が270件/332件(81.3%)と大半を占め、吸入製品が34件(10.2%)、両方に該当するものが3件でした。一方、カテゴリー1製品(CBD>98%)は43件/49件(87.8%)が経口液体、カテゴリー3製品(バランス型)も49件/67件(73.1%)が経口液体でした。
製品カテゴリー別の症例数を見ると、全614症例のうち半数以上の332件(54.1%)がカテゴリー5製品に関連していました。次いでカテゴリー3(バランス型THC/CBD)製品が67件(10.9%)、カテゴリー1(CBD>98%)製品が49件(8.0%)でした。全体として、大半の症例(540件/614件、87.9%)は単一の医療大麻製品に関連するものであり(平均1.16、標準偏差0.51)、カテゴリー5製品に関連する症例のうち279件/332件(84.0%)も単一製品によるものでした。
カテゴリー5製品において最も多かった有害事象カテゴリーは精神障害で185件/580件(31.9%)を占め、具体的には不安が54件、精神病性障害が18件、パラノイアが17件と続きました。次いで神経系障害が112件(19.3%)、呼吸器・胸郭・縦隔障害が84件(14.5%)でした。対照的に、カテゴリー1(CBD>98%)製品では消化器障害が最も多く24件/81件(29.6%)、カテゴリー3(バランス型THC/CBD)製品でも消化器障害が26件/121件(21.5%)と最多でした。
考察:処方トレンドの変化と患者スクリーニングの課題
本研究の結果は、高濃度THC製品の処方承認増加と時を同じくして、精神障害を中心とする有害事象報告が急増していることを明確に示しています。トップ10のMedDRAカテゴリーすべてにおいて、カテゴリー5製品が最も多く関与していました。これは吸入型カテゴリー5製品の処方承認が増加していることと符合します。
この結果は、2016年9月29日から2023年3月21日までの期間を対象とした以前の分析とは対照的です。以前の研究では神経系障害が最多の有害事象カテゴリーであり、症例の大半は複合CBD/THC製品に関連していました(324件/549件、59.0%)。THC単独製品に関連する症例はわずか8件/549件(1.5%)にすぎませんでした。両時点のデータは利用可能なFOI症例や変数が異なるため直接比較はできませんが、近年、有害事象に関連する製品の種類に意味のある変化が生じていることを示しています。
吸入剤形の処方承認増加と並行して、呼吸器障害が有害事象カテゴリーの第4位にランクインしていることも注目に値します。カテゴリー5製品において電子タバコおよび乾燥ハーブが主な曝露経路となっていることは、実際の使用実態が処方ガイダンスと必ずしも一致していない可能性を示唆しています。
研究著者らは、精神障害の報告数の多さについて、臨床現場において有害事象のリスクが最も高い脆弱な患者層が効果的にスクリーニングされ、管理されていない可能性があると指摘しています。
研究の限界
本研究にはいくつかの重要な限界があります。自主的な有害事象報告には因果関係の不確実性や重複報告といった既知の限界があり、本研究も同様の制約を受けています。カテゴリー5製品に関するメディアの注目度が高まったことで、関連する有害事象の選択的報告が増加した可能性、あるいは高濃度製品の使用増加が実際に害の増加を招いた可能性の両方が考えられます。
一部の有害事象は、医療目的以外の使用や、正規の医療大麻製品が横流しされた文脈で生じた可能性もあります。未分類の医療大麻製品(70件)については、合法市場外から入手された製品による可能性も否定できません。また、乾燥ハーブに関連する症例のうち、気化吸入と喫煙のどちらによるものかは不明です。併用薬や併存疾患についての報告がなかったため、薬物相互作用や疾患状態が有害事象にどの程度寄与したかも不明です。
自主的な有害事象報告は実際に発生している有害事象のごく一部しか捕捉していないことを踏まえると、報告頻度の増加は懸念すべき事態であり、実際の害の発生率はほぼ確実にこれよりも高いと考えられます。
まとめ
本研究は、オーストラリアにおける高濃度THC医療大麻製品の処方増加が、精神障害を中心とした有害事象報告の増加と時期的に一致していることを明らかにしました。特に不安、精神病性障害、パラノイアといった症状が目立ち、自殺念慮や自殺企図に関する報告も含まれていたことは重要な知見です。
これは医療大麻そのものを否定する結果ではなく、むしろ高濃度THC製品を処方する際には、精神疾患のリスク因子を持つ患者を適切にスクリーニングし、処方後も継続的にモニタリングする体制の重要性を示すものと言えるでしょう。医療大麻を検討している方、あるいは既に使用している方は、こうした精神面への影響について主治医としっかり相談することが大切です。
本記事は情報提供を目的としたものであり、医学的アドバイスではありません。治療方針については必ず医療専門家にご相談ください。
参考文献
Graham M, Tisdale C, Nielsen S. A retrospective analysis of voluntary adverse event reports to the TGA with higher THC medicinal cannabis products. The Australian and New Zealand Journal of Psychiatry. 2026.
DOI: 10.1177/00048674261445267
PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42070285/
経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。
研究分野:臨床カンナビノイド医学
活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。
書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン)
所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員)
更新日:2026年7月20日
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