アスリートと大麻:沈黙の中のインタビュー調査

2026.09.16 | 海外動向 病気・症状別 | by greenzonejapan
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アスリートと大麻:沈黙の中のインタビュー調査
2026.09.16 | 海外動向 病気・症状別 | by greenzonejapan
インフォグラフィックス

大麻を合法化する国や地域が増え、北米の主要スポーツリーグも大麻に関する規定を見直しつつあります。しかし、コンタクトスポーツ(激しい身体接触を伴う競技)のトップ選手たちは、痛みや睡眠、メンタルヘルスのケアのために大麻を使いながらも、正確な情報を得る手段がほとんどないという現実に置かれています。今回紹介するのは、NHL(北米プロアイスホッケーリーグ)やNFL(米プロアメリカンフットボールリーグ)、NBA(米プロバスケットボールリーグ)などのプロ・大学リーグ経験者10名を対象にした質的インタビュー調査です(Thompson et al., 2026, Sports Health)。選手たちの「本音」から見えてきたのは、教育不足、スティグマ、そして医療スタッフとの信頼関係の乏しさという構造的な問題でした。

研究の背景:規制は変わっても、教育は追いついていない

近年、NBA、NHL、MLB(米プロ野球機構)は禁止物質リストから大麻を除外する方向に動いていますが、NFLとWADA(世界アンチ・ドーピング機構)は依然として制限を維持しています。一方でNFLは近年、疼痛やコンサッション(脳震盪)、オピオイド使用に関するカンナビノイド治療の研究に資金を提供しはじめました。

問題は、こうした規制の変化に医療現場の教育が全く追いついていないことです。論文によれば、医学部で大麻の治療的活用について教える学校はわずか9%にとどまり、医学生の約90%が大麻療法を患者に勧める準備ができていないと感じているという先行研究が紹介されています。カナダの2023年医療大麻アクセス調査では、かつて医療目的で大麻の使用許可を得ていた人のうち68%が、今では医師の監督なしにレクリエーション市場から購入しているという実態も報告されています。つまり、医療従事者が知識を持たないまま、選手たちは自己判断や商業市場に頼るしかない状況が生まれているのです。

研究方法:10名の選手への半構造化インタビュー

研究チームは、NHL、NFL、NBA、AHL(アメリカンホッケーリーグ)、NCAA(全米大学体育協会)、USports(カナダの大学スポーツ連盟)でプレー経験を持つ、現役・元プロ・元大学アスリート合計10名(男性8名、女性2名、年齢19歳から48歳)を対象に半構造化インタビューを実施しました。選手たちの平均競技歴は5.1年(標準偏差2.9)で、カナダまたはアメリカを拠点としていました。大麻製品との関わりは、まったく使用経験がない選手から日常的に使用している選手まで幅がありましたが、全員がチームやリーグの文脈で大麻製品に触れた経験を持っていました。

インタビューはZoomを用いて1回30分から45分間実施され、逐語的に文字化された後、Braun&Clarkeの6段階の主題分析(テーマティック・アナリシス)フレームワークを用いて分析されました。

結果:浮かび上がった5つのテーマ

分析の結果、5つの主要テーマが特定されました。「選手は大麻を使っている」「教育不足と信頼できる情報源の欠如」「根強いスティグマと判断されることへの恐怖」「医療スタッフとの信頼・コミュニケーションの限界」「法律・政策・組織対応の不整合」です。

選手たちが大麻を使う理由

選手たちは、痛みの管理、睡眠改善、リカバリー(回復)、メンタルヘルスのケアを目的として大麻を使用していると報告しました。ある選手は「痛み止めを長期的に飲むよりもずっと良い」と述べ、別の選手はTylenol with codeine(コデイン配合鎮痛薬)よりも大麻を使った方が睡眠の質が良いと語っています。また、脳震盪からの回復や集中力向上を目的とした使用や、アルコールの代替として大麻を選ぶケースも複数報告されました。使用にあたっては、用量やタイミング、摂取方法(喫煙、エディブル、チンキ剤など)を選手自身が意図的にコントロールしている様子が繰り返し語られています。

教育不足と信頼できる情報源の欠如

選手たちは、大麻についての知識をコーチや医療スタッフからではなく、仲間や自己流の実験、インターネットから得ていると報告しました。「コーチも、トレーナーも、医師も誰もこのテーマについて資料や知識を持っていなかった」と語る選手もいました。チームからの教育がある場合でも、それは大麻を一方的に「悪いもの」として描く内容にとどまり、選手たちはより実用的でエビデンスに基づいた教育を求めていました。

スティグマと判断への恐怖

多くの選手が、大麻使用を隠す必要性を感じ、チームメイトや医療スタッフ、社会からの判断を恐れていました。中には、そのスティグマ自体が「秘密裏に使用量を増やす」ことにつながったと語る選手もいました。一方で、アルコールに対してはほとんどスティグマが存在せず、チームの結束を強める行為として肯定的に扱われる対比が繰り返し指摘されました。

医療スタッフとの信頼・コミュニケーションの限界

選手たちは、チーム内の医療スタッフを信頼できる相談相手とは見なしていないケースが多く、質問すること自体が上層部に伝わり、契約や出場機会に悪影響を及ぼすのではないかという恐れを抱いていました。多くの選手が「チーム外の第三者の医療従事者の方が信頼できる」と述べており、内部スタッフには「大麻について何も話さない」と明言する選手も複数いました。一方で、医療スタッフ側も大麻使用を認識していながら「見て見ぬふり」をする、いわゆる暗黙の了解(don’t ask, don’t tell)の関係性が存在することも語られました。

法律・政策・組織対応の不整合

大麻の合法化が進む地域では選手の使用に対する抵抗感が下がる一方、リーグごとに規定が異なることへの困惑も見られました。組織側は、選手の健康面よりも「イメージやPR上のリスク」を懸念する傾向が強く、そのために大麻に関する対話自体を避ける文化があると選手たちは感じていました。

考察:エビデンスと現場の間にある大きな溝

この研究は、選手が痛み・睡眠・メンタルヘルスのために意図的かつ計画的に大麻を使用している実態を明らかにしました。カンナビノイドが疼痛や炎症の緩和、睡眠の質の改善、不安・抑うつの軽減に寄与する可能性を示す先行研究とも一致する内容です。一方で、慢性使用、特に喫煙による長期的な健康影響についてはまだ十分な科学的知見が確立されていないことも指摘されています。

本研究の最も重要な指摘は、医療従事者側の教育不足が選手の意思決定に直接影響しているという点です。医学部で大麻について実質的な教育がほとんど行われていない現状が、選手と医療スタッフの間の情報の非対称性を生み、結果として商業的な市場や不確かな情報源に選手を押し出してしまっているという構造が浮かび上がります。

また、アルコールと大麻に対する扱いの著しい非対称性も注目に値します。アルコールは健康リスクが知られているにもかかわらず社会的に許容され、チームの結束行為として肯定的に扱われる一方、大麻は同等またはそれ以下のリスクであっても強いスティグマの対象となっている点は、リーグの政策や教育プログラムの再設計を考える上で重要な視点です。

研究の限界

本研究はサンプルサイズが10名と小規模であり、コンタクトスポーツの選手に限定されているため、他の競技や、より広い選手層への一般化には注意が必要です。また、参加者は自発的に研究に応募した人々であり、大麻に対して比較的肯定的な立場の選手が多く含まれていた可能性も否定できません(自己選択バイアス)。著者らは、今後は使用の実態を定量的に把握する研究や、長期的な健康・パフォーマンスへの影響を検証する縦断研究、教育プログラムの効果を評価する介入研究が必要であると述べています。

まとめ

この研究が示すのは、アスリートたちが大麻を「隠れて使う」という選択を迫られている現状そのものが問題であるという点です。彼らは無責任に使用しているわけではなく、むしろ用量やタイミングを慎重に管理しながら、痛みや睡眠、メンタルヘルスと向き合っています。必要なのは、こうした実態を前提とした、エビデンスに基づく教育とオープンな対話の場です。医療スタッフ自身が大麻について学ぶ機会を持ち、選手が安心して相談できる環境を整えることが、リーグや組織にとっての次の課題となるでしょう。

本記事は医学的アドバイスを提供するものではなく、研究内容の情報提供を目的としています。大麻の使用を検討される場合は、必ず医療専門家にご相談ください。

参考文献

Thompson ES, Alcorn J, Laprairie RB, Rohatinsky N, Dehghani P, Neary JP. Inside the Minds of Professional and Elite Athletes: A Qualitative Exploration of Perspectives on Cannabinoid Use in Contact Sports. Sports Health. 2026. DOI: 10.1177/19417381261460194 / PubMed: 42415393

正高佑志

執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師)
経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。
研究分野:臨床カンナビノイド医学
活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。
書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン)
所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員)
更新日:2026年9月2日

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