医療大麻と神経痛

2020.12.14 | 病気・症状別 | by greenzonejapan
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医療大麻と神経痛
2020.12.14 | 病気・症状別 | by greenzonejapan

神経痛とは

人間の身体には隅々まで神経が行き渡っていますが、たとえば神経に炎症が起きたり、加齢による骨の変形で神経が圧迫されると、神経痛と呼ばれる特有のしびれるような痛みが生じます。腰部脊柱管狭窄症、坐骨神経痛、手根管症候群、肋間神経痛、三叉神経痛、帯状疱疹後神経痛、糖尿病性神経痛などはすべて、広い意味での神経痛に分類されます。

神経の傷がついた部分から生じる異常な電気的興奮が神経痛の原因となります。(また中枢神経のダメージをきっかけにミクログリアと呼ばれる「掃除係」の細胞が活性化すると、普段は抑制系として働く GABA が興奮性に作動すると考えられています。さらに、痛みを脳へと伝える脊髄の後角細胞は、痛みを記憶し慢性痛の原因となります。(神経可塑性)

神経痛の標準治療

痛みを抑える鎮痛薬の発明は抗生剤と並ぶ現代医学最大の功績ですが、残念ながら神経痛にはロキソニンなどの一般的な鎮痛薬は効きづらいのが実情です。代わりに抗てんかん薬、三環系抗うつ薬、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)、リリカやガバペンなどが処方されますが、これは必ずしも効くわけではありません。リリカの場合、最大量(600mg)を摂取した場合でも、効果が得られるのは4〜5人に1人とされています。
https://www.nps.org.au/radar/articles/pregabalin-lyrica-for-neuropathic-pain

神経痛と医療大麻

この神経痛に対して大麻が有効である可能性が指摘されています。そもそも神経細胞の過剰な興奮を抑えるのがカンナビノイドの仕事で、てんかんの治療に大麻が有効なのは周知の事実です。同じく抗てんかん薬が処方される神経痛にも大麻が効くのは、理に適った話なのです。作用機序としては、大麻に含まれるカンナビノイドは脊髄後角細胞の CB1 受容体に作用し、痛み刺激を抑制すると考えられています。また免疫細胞に発現している CB2 受容体にも働き、炎症性サイトカインや発痛物質の放出を抑制すると考えられています。

全草製剤によるエビデンス

神経痛に対しては、大麻草全草を使用した研究が複数報告されています。2008年、カリフォルニア大学デイヴィス医療センターの Wilsey らが、脊髄損傷、CRPS(複合性局所疼痛症候群)、末梢神経障害などのさまざまな神経痛に苦しむ 38名の患者を集め、THC 7%、THC 3.5%、プラセボを、どれかわからないようにして順に吸入する試験を行ったところ、大麻を吸入した群では、吸入前は平均して 55点/100点程度だった痛みが、吸入後4時間では平均して 30点程度まで改善しました。これはプラセボと比較し有意な結果でした。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4968043/

2009年、カリフォルニア大学サンディエゴ校の Ronald J Ellis らの研究チームが、HIV 感染に伴う神経痛に対して大麻草を使った研究では、実際に大麻を使用した患者ではプラセボを使用した患者と比べて、平均して 3.3点/20点多く痛みの改善が得られました。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3066045/#!po=46.8750

また 2010年、カナダのマギル大学の Ware らの研究チームが外傷後と術後の神経痛患者23名を対象に行った研究では、9.4% THC の大麻を0.025g × 3回/日喫煙した場合、プラセボと比較し、平気して0.7/10点多く痛みが改善し、睡眠の質も上がったことが示されました。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2950205/

2013年、再びカリフォルニア大学デイヴィス医療センターの Wilsey らが、今度は THC 3.5%(中濃度)の大麻と、1.29%(低濃度)の大麻、そしてプラセボを、39名の神経痛患者に投与比較し、再度有効性を示しました 。プラセボと比較し 30%以上の痛みの改善が得られたのは、中濃度で 2.9人に一人、低容量で 3.2人に一人でした。これは先述したリリカ 600mg よりも優れた数字です。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3566631/

2015年、カリフォルニア大学サンディエゴ校の Wallace らの麻酔科の研究チームが、16名の糖尿病性ニューロパチーによる神経痛患者に対して、プラセボと 1%、4%、7% の大麻を投与したところ、容量依存性に痛みの改善を認めました。


https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5152762/

これらの研究では大麻の鎮痛効果が確認されましたが、実際には大麻の有効性を過小評価している可能性があります。というのは、アメリカ国内での治験には米国立薬物乱用研究所(NIDA)と提携したミシシッピ大学の農園で作られた大麻草しか使用が許されていないからです。熱意ある栽培家が手塩にかけて育てた、市中で実際に流通している大麻草とくらべ、この「行政が仕方なく栽培した大麻」のクオリティが低いことは、研究上問題視されています。この問題に対し 2019年8月、麻薬取締局(DEA)は今後、研究目的に独自栽培を希望する場合は、対応を考えると発表しました。
https://thinkprogress.org/dea-concedes-that-marijuana-research-monopoly-must-end-opening-door-to-sweeping-change-2d60015acd1d/
また現在アメリカの議会では、市販の大麻製剤を研究に使用できるようにする Medical Marijuana Research Act が審議されており、12月9日には下院を通過しています。
https://www.marijuanamoment.net/house-approves-marijuana-research-bill-days-after-voting-to-federally-legalize-cannabis/

サティベックスについて

THC と CBD を 1 : 1 の割合で含有するサティベックスに関しても、これまで神経痛に対する治験が複数行われています。

2014年にカナダのダルハウジー大学の研究チームが、抗がん剤の副作用による神経痛患者に対して試験を行いました。16人のうち、効果を示した5人の患者では平均して 2.6点/10点の改善を認めましたが、全体としては統計的な有意差を示すことができませんでした。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23742737

同じく 2014年、イギリスのグラスゴー大学の研究チームによると、246人の末梢神経痛(アロディニア)の患者へのプラセボとの割付試験で、有意に症状緩和をもたらしました。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24420962

神経痛に対するCBDのエビデンス

サティベックスに関しては多くの研究が行われていますが、残念ながら CBD単体での研究は今のところ動物実験に限られています。以下のラットを使った変形性関節症の研究では、CBD の投与は神経障害を予防する可能性が指摘されています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5690292/


メタ解析の結果

このような個々の研究結果をまとめて、有効性を総合的に判断する研究をメタ解析と言いますが、大麻の神経痛に対する有用性については、これまでに3回行われています。

一つ目がアルバート・アインシュタイン医学校の Michael H Andreae らによる2015年の報告で、これは大麻草全草を使った研究のみ5つ、合計で 178 名の患者を解析しています。結果として、NIDA の大麻を使った研究であるにもかかわらず、5〜6人に一人は 30%以上の痛みの改善を認めました。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4666747/#__ffn_sectitle

二つ目が、2017年にオレゴン保健科学大学と退役軍人保健プログラムの研究チームが 『Anals of Internal Medicine』誌に報告した、大麻草と大麻由来の医薬品(サティベックス)についての 13研究、246名の患者の解析であり、これも有意な疼痛改善効果を示しました。
https://annals.org/aim/fullarticle/2648595/effects-cannabis-among-adults-chronic-pain-overview-general-harms-systematic

三つ目が、メタ解析の大御所であるコクラン共同計画による 2018年の報告です。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6494210/

これは規模が大きく、大麻草全草、サティベックス、そして単離 THC 製剤などの結果も含めた 16研究、合計 1,750名の結果を解析しています。その内訳は、サティベックスの研究が 10本、合成カンナビノイド=ナビロンの研究が2本、THC 単離製剤=ドロナビノールの研究2本、大麻草全草研究が2本でした。

カンナビノイド医薬品はプラセボと比較し痛みを有意に改善するものの、精神症状などでの離脱率が高いことが災いし、総合的な評価は「有効性よりも有害性が勝る可能性がある」という厳しいものでした。しかしこれは、副作用が強く出やすいドロナビノールやナビロンの研究結果を含めて解析した影響が大きいのではないかと考えられます。

また、コクラン解析は、その大半がサティベックスのデータですが、サティベックスの THC:CBD= 1 : 1 というのは神経痛に対するベストな比率とは言い難いようです。2019年のデューク大学の研究によると、神経痛に対しては CBD に対する THC の割合が増えるほど、効果が高まるという結果が報告されています。
http://www.greenzonejapan.com/2019/08/20/thc_vs_cbd/


トータルペインと医療大麻

これまで、痛みというのは身体的なものだと考えられてきました。しかし科学の進歩に伴い、社会状況や精神状況が痛みの知覚に影響を与えることや、慢性疼痛が脳の異常であることが明らかになるにつれて、「トータルペイン」という概念の重要性が増しています。

このような複雑な苦悩に対して向き合うために、使えるツールは一つでも多いに越したことはありません。医療大麻がその中の一つに加わる日を願っています。

文責:正高佑志(熊本大学医学部医学科卒。神経内科医。日本臨床カンナビノイド学会理事。2017年より熊本大学脳神経内科に勤務する傍ら、Green Zone Japanを立ち上げ、代表理事を務める。医療大麻、CBDなどのカンナビノイド医療に関し学術発表、学会講演を行なっている。)

 

参考文献:
https://mdedge-files-live.s3.us-east-2.amazonaws.com/files/s3fs-public/issues/articles/modesto-lowe_cannabisforperipheralneuropathy.pdf

 

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