2024年時点で、世界のおよそ50の国で医療大麻は使用可能ですが、その制度は国毎に様々です。筆者は以前よりイギリスの医療大麻制度について関心を抱いています。なぜならイギリスには日本と似たNHSによる国民皆保険制度が存在しており、日本の制度設計を考える上で参考になる点が多いと思われるからです。
イギリスの皆保険制度で大麻草が処方されることになりました(2018年8月)
イギリスにおける医療大麻使用の実際について(2022年7月)
イギリスの医療大麻患者の声 メリットと今後の課題(2024年3月)
2018年11月、イギリスでは難治てんかん患者であるビリー・カルドウェル君をきっかけに医療大麻の合法化が実施されました。この時に定められた医療大麻の定義は、医薬品医療製品規制庁 (MHRA)から認可受けた処方箋医薬品だけではなく、大麻及び大麻樹脂由来の製品を含むものとなりました。
これらはそれぞれ“Licensed CBPMs(認可大麻製品)“と“Unlicensed CBPMs(未認可大麻製品)“と呼ばれ、区別されています。認可大麻製品とは、Epidiolex、Sativex、マリノールなどの製薬会社が製造し、病院で処方される薬剤です。これらは基本的にイギリスの国民皆保険でカバーされるので患者さんの自費負担はありません。
一方で未認可大麻製品とは、それ以外の医療大麻規格を満たす全草製品やバッズなどを指す語になります。例えば、オランダの医療大麻企業であるベドロカンが栽培する大麻は医療大麻としての規格を満たしていますが、未認可大麻製品に分類されます。これらの製品は“未認可“ではありますが、イギリスでは医師によって処方され、自費診療で流通しています。(製品の種類や製造企業は多岐に渡っています)
2019年12月、保健社会福祉省は国民保健サービス(NHS)に通知を発行し、医療専門家に対して、“患者に満たされていないニーズがあり、その使用が臨床的に適切であると見なされる場合は未認可大麻製品を保険診療内で使用しても良い“というガイダンスを発表しています。しかし、現実的には国民皆保険で未認可大麻製品が支払われたケースは極めて限定的であり、最近までは難治てんかん患者のみに制限されていました。(一例目は法改正のきっかけとなったビリー少年です)
この状況に対して2023年4月20日、ささやかながら画期的な進歩が認められました。がん患者の吐気止めとして大麻草の花穂を利用する患者に対して、NHSが医療費を負担する決定を下したのです。2024年6月、なんと患者であるマイケル・ロバーツ氏本人が症例報告を発表していますので内容を紹介します。
ロバーツ氏は、肺に転移のある転移性直腸S状結腸腺癌と診断された42歳の男性でした。 彼は症状緩和を目的とした化学療法(FOLFILI)を開始しました。 ロバーツ氏は、治療に伴う重度の悪心と嘔吐に悩まされました。病院からは メトクロプラミドとアプレピタントという吐き気止めが処方されましたが、効果は限定的でした。
化学療法の2クール目を開始するにあたって、ロバーツ氏は2022年5月に吸入用のTHC優位の大麻(花穂)の最初の処方(自由診療)を受けました。 また2022年9月に3回目のFOLFOX化学療法を開始した後、ロバーツ氏はレボメプロマジンとLicensed CBPMであるナビロンを処方されました。 これらの有効性を比較評価したところ、メトクロプラミドとアプレピタントに加えて大麻の花穂を吸入することが、CINVを抑制するための最も成功した組み合わせであったことがスコア上明らかになりました。 逆に、ナビロンは最も効果がありませんでした。 さらに、花穂による治療は、自己申告による不安、抑うつ、および全体的な身体的健康状態の改善と関連していました。
2022年7月(2回目の抗がん剤投与後)、ロバーツ氏は、花穂に関連する費用を賄うために、かかりつけ医にNHSへの個別資金援助要請(IFR)の提出を依頼しました。 請求額は、腫瘍内科医が彼の予後を推定した24か月間、月に388ポンド(約74,000円)に相当しました。
2022年10月、審査委員会は、ロバーツ氏がサティベックスの使用のための資金援助を要請していると誤解して、彼の請願を却下しました。 サティベックスは、多発性硬化症に伴う痙縮の治療のために承認されたCBMPであり、資金援助審査委員会は、サティベックスがCINVの適応症として承認されていないと主張しました。 2022年11月、IFRが再提出され、申請が未承認のCBMPである医用大麻の花に対するものであることが明確化されました。 審査委員会はその後、ロバーツ氏がナビロンなどの他の承認された選択肢を使い果たしていないとして、この2回目の要請を却下しました。
2023年3月ナビロンを試しほとんど効果がないことが判明した後に、ロバーツ氏のかかりつけ医はIFRを再提出しました。この際、処方箋による制吐薬と併用して大麻の花穂を使用することで、患者がFOLFOX化学療法のコースを完了できたことが強調されました。 これは、ロバーツ氏の腫瘍内科医が、ロバーツ氏のIFRを支持する手紙の中でさらに裏付けられました。
2023年4月20日、資金援助審査委員会は会合を開き、ロバーツ氏の要請に対して資金援助することを決定しました。 審査委員会はまた、2018年に内務省が定めた、CBMPの喫煙を禁止する英国の現行法に準拠し、医用大麻の花の投与のための認証医療機器であるハーブ気化器の費用を負担することにも合意しました。
吐気の抑制に加えて、花穂の使用により、ロバーツ氏は癌とその治療に伴う他の症状にも耐えることができました。 ロバーツ氏の言葉によれば、「医用大麻を使用することで、私は不安にさいなまれ、嘔吐し、疲労しきった状態から、子供たちと遊んだり、妻や友人と話をしたり、食事を作ったり、家の掃除をしたりする、積極的な家族の一員へと変わりました。化学療法を受けているときも、それから回復しているときも、残された時間を最大限に活用することができます。私は、残りの人生を可能な限り質の高いものにするために、医用大麻を使いたいと思っています。」
彼の大麻使用は「オンデマンド」で行われ、通常の消費量は1日1g程度でした。 使用された品種は平均20%のTHCと1%未満のCBDを含んでいました。 一回あたりのの大麻摂取量は0.2gで、これは最大40mgのTHCに相当します。
この症例は、花穂吸入によるTHCの投与が貴重なサポートを提供する可能性があることを示唆するものであり、また台所事情に厳しいイギリスのNHSが、未認可大麻製品の適応拡大を支持した点において画期的と考えられます。
執筆:正高佑志(医師・Green Zone Japan代表理事)
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