英国発・世界初の報告:医療大麻がCRPS(複合性局所疼痛症候群)の痛みとQOLを改善する可能性

2026.05.13 | 病気・症状別 | by greenzonejapan
ARTICLE
英国発・世界初の報告:医療大麻がCRPS(複合性局所疼痛症候群)の痛みとQOLを改善する可能性
2026.05.13 | 病気・症状別 | by greenzonejapan

慢性的な痛みに苦しむ患者さん、そしてその治療にあたる医療従事者にとって、複合性局所疼痛症候群(CRPS)は最も困難な疾患の一つです。これまでの標準的な治療法では十分な効果が得られないケースも多く、新しい治療の選択肢が切実に求められています。最近、英国で行われた臨床アウトカム分析により、医療用大麻がCRPS患者の痛みや生活の質(QOL)を改善する可能性があることが示されました。本記事では、CRPSという疾患の基礎知識から、最新の研究で明らかになった医療用大麻の効果と安全性までを詳しく解説します。

CRPS(複合性局所疼痛症候群)とはどのような疾患か?

CRPS(Complex Regional Pain Syndrome)は、極めて激しい慢性的な神経障害性疼痛を特徴とする疾患です。この痛みは通常、怪我や手術、骨折などの外傷をきっかけに発生しますが、痛みの強さが当初の負傷の程度とは明らかに不釣り合いであり、かつ期待される治癒期間を超えて持続するという特徴があります。

疫学と診断の難しさ:
英国では、人口10万人あたり年間約26.2人が発症すると推定されていますが、この数字は過小評価されている可能性があります。なぜなら、CRPSは診断が難しく、しばしば見逃されたり誤診されたりすることがあるからです。

病態生理:なぜ痛みが発生し続けるのか
CRPSの正確なメカニズムは完全には解明されていませんが、現在の説では、異常な炎症プロセスや、中枢および末梢神経系の過敏化・過活動を引き起こす「不適応な神経可塑性」が関与していると考えられています。つまり、神経系が本来の役割を超えて過剰に反応し続ける「誤作動」が起きている状態と言えます。

既存治療の限界:
現在、CRPSに対しては以下の薬剤が一般的に処方されています。

・非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
・ガバペンチノイド(神経痛薬)
・抗うつ薬
・オピオイド(麻薬性鎮痛薬)

しかし、これらの治療法が長期的に安全かつ有効であるという質の高い証拠は不足しています。例えば、NSAIDsは長期間の使用により消化器潰瘍や心血管イベントのリスクを高めます。また、オピオイドは依存症や毒性のリスクがある一方で、慢性疼痛の改善に対する十分な証拠はありません。CRPS患者の20%〜40%は、これらの第一選択薬による治療に抵抗性を示すとされており、新たな治療法への需要は非常に高いのが現状です。

エンドカンナビノイド・システムと鎮痛メカニズム

近年、CRPS治療のターゲットとして注目されているのが、体内に備わっているエンドカンナビノイド・システム(ECS)です。大麻草に含まれる成分(カンナビノイド)は、このシステムに働きかけることで鎮痛効果を発揮します。

カンナビノイド受容体の役割:体内には主に2つの受容体が存在します。

CB1受容体: 主に神経系に存在し、神経伝達物質の放出を抑制します。これを刺激することで、痛みの信号が伝わりにくくなる鎮痛効果が得られます。

CB2受容体: 主に免疫細胞やミクログリア(神経系の免疫細胞)に存在し、炎症性サイトカインの放出を調節します。

末梢神経の損傷が起きると、これらの受容体は発現が増加(アップレギュレーション)し、痛みの伝達と知覚に影響を与えることがわかっています。

THCとCBDの働き:医療用大麻製品(CBMPs)の主成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)CBD(カンナビジオール)は、それぞれ異なる方法で痛みにアプローチします。

THC: CB1およびCB2受容体の部分作動薬として直接働きかけます。

CBD: 体内の内因性カンナビノイド(アナンダミドなど)の分解を抑制し、その濃度を高めることで間接的に効果を発揮します。また、不安を和らげる作用(抗不安作用)や、炎症プロセスを抑制する作用も期待されています。

特にCB2受容体の活性化は、炎症性サイトカインの放出を抑え、痛みの過敏化の鍵となる炎症プロセスを抑制すると考えられています。

英国における最新の臨床研究:UK Medical Cannabis Registry

2024年に発表されたこの研究は、CRPS患者のみを対象として医療用大麻の効果と安全性を評価した世界初の臨床データ分析です。

研究の方法:
研究チームは、「英国医療大麻レジストリ(UKMCR)」に登録された64人のCRPS患者のデータを、治療開始から6ヶ月間にわたって追跡調査しました。

対象患者: 平均年齢41.91歳、男女比はほぼ半々。

処方内容: THC dominant(THC主体)またはCBD dominant(CBD主体)のオイル、および乾燥花(吸入用)が、医師の判断に基づき処方されました。

評価指標: 痛みの強さ(BPI, SF-MPQ-2, VAS)、睡眠の質(SQS)、不安(GAD-7)、QOL(EQ-5D-5L)など、患者報告アウトカム(PROMs)を使用しました,。

研究結果:痛みとQOLの劇的な改善
6ヶ月間にわたる追跡調査の結果、多くの指標で統計的に有意な改善が認められました。

痛みの軽減
主要な評価指標である「簡易痛み質問票(BPI)」による痛みの重症度スコアは、ベースライン(治療前)の平均6.69から、6ヶ月後には6.05へと改善しました。 また、視覚的アナログ尺度(VAS)やMcGill痛み質問票(SF-MPQ-2)においても、1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月の各時点で改善が見られました。特に、神経障害性疼痛や感情的な苦痛、断続的な痛みの項目で顕著な改善が報告されています。

睡眠と不安の改善
痛み以外にも、以下の領域で有意な向上が見られました。

睡眠の質: 睡眠障害が緩和され、睡眠の質が向上したと報告されました。
不安症状: 全般性不安障害の尺度(GAD-7)において、症状の軽減が認められました。

健康関連QOLの向上
生活全般の質を測るEQ-5D-5Lインデックス値も向上し、痛みや不快感、不安・抑うつの項目で改善が見られました。CRPSは患者の社会生活や精神状態に甚大な影響を与えるため、これらのQOLの向上は極めて重要な意味を持ちます。

臨床的に重要な差異(MCID)の達成
単なる数値上の変化だけでなく、患者が「実感が持てる改善」を感じた割合も算出されました。6ヶ月時点で、痛みの重症度において28.1%〜40.6%の患者が「臨床的に重要な改善(MCID)」を達成しました。

安全性と副作用について
医療用大麻の導入にあたって最も懸念されるのが安全性です。本研究では、以下の結果が報告されています。

副作用の発生率: 副作用を報告したのは全患者の7.81%(5人)に留まりました。
主な症状: 吐き気(6.25%)や頭痛(6.25%)が最も一般的でした。
重症度: 報告された副作用のうち、40%は「重度」と分類されましたが、生命を脅かすようなものや、障害を残すようなものはありませんでした。
特筆すべき点: 違法な大麻使用で懸念されるような精神病関連の副作用(妄想、幻覚など)は、この研究では一人も報告されませんでした。これは、医療従事者の監視下で調整された製品を使用することのメリットを示唆しています。

この研究が示唆することと今後の課題

今回の研究は、難治性のCRPS患者にとって医療用大麻が「希望の光」になり得ることを示しています。

オピオイド代替の可能性

CRPSの治療において、オピオイドは副作用(呼吸抑制、便秘、依存症)のリスクが高いにもかかわらず、代替案がないために処方されることが少なくありません。本研究の背景にある過去のデータでは、医療用大麻の開始によりオピオイドの使用量が減少したという報告もあり、「オピオイド節約効果」が期待されています。

研究の限界:
ただし、今回の研究は「ケースシリーズ(症例集積研究)」という形式であり、以下の制限があることには注意が必要です。

対照群の欠如: プラセボ(偽薬)との比較が行われていないため、プラセボ効果を完全に排除することはできません。
観察期間: 6ヶ月という期間は、長期的な依存性や耐性を評価するにはまだ十分ではありません。
自己申告: 痛みの評価は患者の主観に基づいているため、バイアスが含まれる可能性があります。

結論:
研究チームは、「医療用大麻は、現在の治療法で効果が得られないCRPS患者の痛みやQOLを改善する関連性がある」と結論づけています。今後は、より大規模で質の高い「ランダム化比較試験(RCT)」を通じて、その有効性をさらに確定させていく必要があります。

CRPSという過酷な疾患に向き合うための新しい武器として、医療用大麻の研究は今後もさらに加速していくことでしょう。

参考文献:: UK Medical Cannabis Registry: A Clinical Outcomes Analysis for Complex Regional Pain Syndrome(英国医療大麻レジストリ:複合性局所疼痛症候群に関する臨床アウトカム分析)Lilia Evans, Simon Erridge, Madhur Varadpande, Arushika Aggarwal, Isaac Cowley, Evonne Clarke, Katy McLachlan, Ross Coomber, James J. Rucker, Michael Platt, Mikael H. Sodergren. Brain and Behavior 2025.

執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone  Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。 書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン) 所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員) 更新日:2026年1月27日

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

«
SUPPORTERS
ご支援に感謝いたします