医療用大麻の法的枠組みが世界的に進化する中で、現場の医療従事者がどのような意識を持ち、どのような壁に直面しているのかを知ることは、今後の医療統合において極めて重要です。本記事では、欧州連合(EU)で初めて非医療用大麻の規制法を制定し、医療用大麻の研究・生産でも先駆的な役割を果たしているマルタ共和国で行われた最新の調査結果(2025年発表)を基に、医師と薬剤師の本音と課題を詳しく解説します。
1.はじめに:医療用大麻を取り巻く世界的潮流とマルタの先行事例
現在、世界中で医療用大麻(カンナビス)の利用を促進する法的枠組みの整備が進んでいます。これまでの研究では、多発性硬化症に伴う痙縮、慢性神経障害性疼痛、特定のてんかん、HIV/AIDSに関連する悪液質、化学療法に伴う吐き気や嘔吐など、特定の疾患に対する治療効果が支持されています。
マルタは、2018年に「医療および研究目的の大麻生産法」を導入し、医療用大麻の栽培と生産のための法的枠組みを確立しました。さらに2021年には、EU諸国で初めて非医療用大麻の使用を規制する包括的な法律を採択しました。このように法整備が進んでいる一方で、現場の医師や薬剤師の態度や知識、信念には依然としてばらつきがあるのが現状です。
2.調査の概要:医師と薬剤師の「知識・態度・行動」を可視化する
2024年4月から6月にかけて、マルタの登録医師および薬剤師を対象とした横断的調査が実施されました。
対象者: 医師108名、薬剤師90名の計198名。
調査方法: 25項目の質問票(知識、態度、信念、処方に対する考え、教育への関心など)を用いたオンライン調査。
分析枠組み: 知識(Knowledge)、態度(Attitude)、行動(Behavior)の相互関係を概念化する「KABフレームワーク」に基づき、処方意欲に影響を与える要因を分析しました。
3.主要な調査結果:期待と不安の交錯
治療効果への高い期待
調査に応じた医療従事者の85.9%が「医療用大麻から恩恵を受ける患者がいる」という点に同意しています。特にがん性疼痛、緩和ケア、神経障害性疼痛、多発性硬化症の痙縮に対する利用が適切であると考える回答者が多く見られました。
臨床現場での高い心理的ハードル
一方で、実際に患者と医療用大麻について話し合うことに「自信がある(快適である)」と答えたのは63.6%にとどまり、そのうち「強く同意する」と答えたのはわずか14.6%でした。また、医師の60.1%が「医療用大麻を処方することに不安(不快感)を感じる」と回答しています。
知識不足と自信の欠如
医療従事者の多くは、自身の知識レベルに対して「最低限の許容範囲」とは感じているものの、深い自信を持っているわけではありません。治療効果に関する知識があると答えた人の多くは「やや同意する」という低いレベルの同意でした。副作用への対応に自信があるのは45%にとどまり、48%が自信のなさを認めています。処方方法(モダリティ)に関する知識についても、医師の49%が知識不足を認めており、薬剤師(21%が不足と回答)に比べて医師の方が知識に乏しいと感じている傾向があります。
4.処方意欲を左右するのは「知識」よりも「態度」
本研究の最も興味深い発見の一つは、医師が医療用大麻を処方しようとする意欲(処方態度)に最も強く影響を与える要因が、「正式な教育」や「知識レベル」ではなく、医師個人の「全般的な態度」であるという点です。
統計的な階層的回帰分析の結果、以下のことが明らかになりました:
態度の影響: 医療用大麻の臨床利用に対する肯定的な態度(価値観や信念)は、処方意欲の最強の予測因子でした(β = 0.71, p < 0.001)。
知識と教育の影響: 驚くべきことに、知識や教育そのものは、処方意欲を直接予測する統計的に有意な因子ではありませんでした。
年齢の要因: 高齢の医師ほど処方に対してわずかに否定的な傾向が見られましたが、その影響は弱いものでした。
これは、たとえ知識があっても、医療用大麻に対して心理的な障壁や否定的な価値観を持っている医師は処方に踏み切らないことを示唆しています。逆に、治療効果を目の当たりにした経験や肯定的な信念を持つ医師は、知識レベルに関わらず処方に積極的になる可能性が高いことが示されています。
5.教育への渇望:現状のカリキュラムへの不満
調査対象者の多くは、現在の専門教育における医療用大麻の扱いに強い不満を持っていました。実際に回答者の71.3%が「受けた正式な教育が不十分である」と感じ、93.4%が「医学部や薬学部のカリキュラムに医療用大麻の知識を組み込むべきだ」と強く主張しています。また86.9%が今後の教育活動への参加を希望しており、特にウェビナーや専門家によるオンライン講義が好まれる配信形式として挙げられました。
6.国際的な視点:共通する「ガイドラインの不在」という壁
マルタの状況は、他の諸国とも共通しています。
アイルランドやスイス: 多くの医師が特定の疾患(慢性疼痛、緩和ケアなど)への利用を支持していますが、エビデンスの不足やガイドラインの未整備を懸念しています。
オーストラリアやアメリカ: 患者からの需要が高いにもかかわらず、多くの医師や研修医が自信を持って推奨・相談に乗るための情報が不足していると感じています。
イギリス: 2018年に医療用大麻が再指定されたものの、専門家団体による制限的なガイドラインや公的な承認の欠如により、処方が進まない「臨床的停滞(Clinical Inertia)」が起きています。
公式な治療プロトコル、投与量、製品供給源に関する明確な枠組みがないことが、医療従事者が「慎重になりすぎる」最大の要因となっています。
まとめ:自信を持って処方できる環境づくりのために
今回のマルタでの調査は、医療用大麻が法的に認められていても、それだけで臨床現場での活用が進むわけではないことを浮き彫りにしました。医療従事者が自信を持って患者に適切なアドバイスを行い、エビデンスに基づいた処方を行うためには、以下の要素が不可欠です:
1:エビデンスに基づく教育の強化: 卒前・卒後教育の両面で、カンナビノイド薬理学や臨床応用に関する教育を強化すること。
2:明確な臨床ガイドラインの策定: 疾患ごとの適応、投与量、副作用管理、製品の選択基準などを示す具体的なフレームワークを提供すること。
3:実用的な意思決定サポート: 臨床の現場で医師や薬剤師がすぐに参照できるリソースを整備すること。
医療従事者の肯定的かつ慎重な姿勢を、自信に満ちた適切な臨床実践へと変えていくためには、単なる法的解禁を超えた、教育と政策の包括的なサポートが求められています。医療用大麻が「不確実な選択肢」から「信頼できる治療オプション」へと進化する道筋は、こうした現場の声に応えることから始まると言えるでしょう。
【参考文献】 Zammit Dimech, D., Grech, L., & Serracino Inglott, A. (2025). Doctors’ and pharmacists’ perspectives on the clinical use of medicinal Cannabis: a cross-sectional study. Harm Reduction Journal, 22:167.
執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。 書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン) 所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員) 更新日:2026年1月27日
執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone
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