慢性腰痛(CLBP)は、世界中で5億人以上の人々が苦しんでいる疾患であり、仕事の欠勤、障害、そして生活の質の低下を招く主要な原因となっています。現在、この痛みに対する薬物療法の中心は非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やオピオイドですが、これらには効果の限界や深刻な副作用のリスクが伴います。
特に、長期的な鎮痛が必要な患者に処方されるオピオイドは、依存症や過剰摂取による死亡リスクに加え、「オピオイド誘発性便秘(OIC)」という極めて厄介な副作用を引き起こします。
このような背景から、安全で効果的、かつ依存性のない代替療法の開発が長年待ち望まれてきました。最新の研究誌『Pain Therapy』に掲載された第3相臨床試験の結果は、この状況を一変させる可能性を秘めています。新しく開発された大麻抽出物「VER-01」が、従来のオピオイド治療と比較して、便秘のリスクを大幅に軽減しつつ、より優れた鎮痛効果と睡眠の質の改善をもたらすことが実証されたのです。
本記事では、この画期的な臨床試験の詳細と、VER-01が慢性腰痛治療にもたらす新たな希望について詳しく解説します。
「VER-01」とは何か:全草成分の相乗効果
VER-01は、Vertanical社(ドイツ)によって開発された、Cannabis sativa(大麻草)の特定の株(DKJ127 L.)から抽出された標準化フルスペクトラム(全草)抽出物です。この抽出物の大きな特徴は、単一の成分ではなく、大麻草に含まれる多様な生物活性化合物が含まれている点にあります。
主要成分: 1gあたり21mgのΔ9-THC含有。
その他の含有物: CBG、CBDのほか、β-カリオフィレンやα-ビサボロールといったテルペン類も含まれています。
研究グループは、これらの成分が単独で働くのではなく、相乗的に作用することで、痛みの緩和(鎮痛)や抗炎症効果を発揮すると考えています。例えば、CBGには神経障害性疼痛モデルにおける抗侵害受容効果があり、テルペン類には炎症性メディエーターを抑制する働きが報告されています。
臨床試験の設計:オピオイドとの直接対決
この試験は、VER-01の有効性と安全性を、実際の臨床現場で広く使用されているオピオイドと比較することを目的とした、多施設共同、無作為化、オープンラベル試験としてヨーロッパの41施設で実施されました。
対象患者: 3ヶ月以上持続する慢性腰痛(CLBP)を有し、これまでの非オピオイド鎮痛薬で十分な効果が得られなかった18歳以上の成人384名。
比較対象: 患者は1:1の割合で「VER-01群」と「オピオイド群」に割り振られました。オピオイド群では、トラマドール、タペンタドール、オキシコドン、フェンタニルなど、市販されている一般的な薬剤が使用されました。
試験期間: 3週間の用量調整期間の後、24週間の治療期間、そして2週間のウォッシュアウト(薬を抜く)期間が設けられました。
特筆すべきは、この試験が「プラセボ(偽薬)」ではなく、「強力な鎮痛薬であるオピオイド」を対照群としたヘッド・トゥ・ヘッド(直接比較)試験であるという点です。これは、大麻製剤の臨床試験として非常に重要なステップと言えます。
主要な結果:4倍低い便秘リスク
この試験の主要評価項目は、治療27週目における便秘の発生リスクでした。オピオイド治療において、便秘は40〜60%の患者に見られる最も一般的かつ苦痛な副作用であり、生活の質を著しく損なう原因となります。
試験の結果、VER-01を投与された患者は、オピオイドを投与された患者よりも便秘になる確率が4倍も低いことが判明しました(相対リスク 0.25)。
下剤の使用率: 下剤を必要とした患者の割合も、VER-01群ではわずか5.8%であったのに対し、オピオイド群では17.2%に上りました。
下剤の使用期間: 中央値で比較すると、オピオイド群の21.0日間に対し、VER-01群はわずか6.0日間でした。
グラフデータによると、この便秘発生率の差は治療開始直後(タイトレーション終了後)から現れ、6ヶ月間の治療期間中ずっと持続していました。
鎮痛効果と睡眠の質の向上
驚くべきことに、VER-01は副作用が少ないだけでなく、肝心の鎮痛効果においてもオピオイドに勝る結果を示しました。
鎮痛効果:
11段階の数値評価スケール(NRS)を用いた痛みの軽減度において、6ヶ月間の平均値は以下の通りでした。
VER-01群: 2.50ポイントの減少
オピオイド群: 2.16ポイントの減少
この差は統計的に有意であり、特に重度の痛み(NRS 7以上)を抱える患者において、VER-01の優位性はより顕著でした。また、神経障害性疼痛の要素を持つ患者においても、VER-01は一貫して優れた鎮痛効果を示しました。
睡眠の質の改善:
慢性腰痛患者の多くは睡眠障害を併発しており、これが痛みの耐性を下げ、さらなる不調を招く悪循環を生んでいます。 本試験では、睡眠障害の改善度においてもVER-01がオピオイドを上回りました。
平均改善スコア:VER-01群 2.52 vs オピオイド群 2.07。
オピオイドは呼吸抑制作用により、睡眠時無呼吸を悪化させるリスクがあるため、睡眠の質を直接改善できるVER-01の特性は大きな利点となります。
生活の質(QOL)への影響:便秘がもたらす「負の側面」
興味深いデータとして、生活の質を測定する指標(SF-12やEQ-5D-5L)の推移があります。 全体として、両群ともに生活の質は改善傾向にありましたが、オピオイド群の中で便秘を発症した患者に限っては、生活の質がほとんど改善しなかったのです。
これは、たとえオピオイドで腰の痛みが和らいだとしても、便秘による身体的不快感や心理的苦痛がその恩恵を打ち消してしまうことを示唆しています。一方、VER-01は消化器系の健康を損なうことなく鎮痛をもたらすため、総合的なQOL向上に寄与しやすいと言えます。
さらに、日常生活の身体機能障害を測定する指標(RMDQスコア)では、VER-01群の方がより早い段階(治療16週目)で臨床的に意味のある改善を達成していました。
安全性と依存性:離脱症状が見られない利点
長期的な薬物療法において最大の懸念事項の一つが、耐性の形成と離脱症状(禁断症状)です。
用量の安定性: オピオイド群の患者は、治療期間中に平均投与量が18%増加(用量エスカレーション)したのに対し、VER-01群の投与量は試験期間を通じてほぼ一定に保たれていました。これは、オピオイドに特有の耐性形成がVER-01では起こりにくい可能性を示しています。
離脱症状の欠如: 試験の最後に行われた2週間のウォッシュアウト期間において、徐々に減量して中止したオピオイド群とは対照的に、VER-01は突然投与を中止したにもかかわらず、離脱症状は一切報告されませんでした。
副作用の種類については、VER-01群で最も多かったのはめまい(22.2%)やふらつき(15.3%)であり、これらは主に軽度から中等度のものでした。
まとめ:慢性腰痛治療の新たな選択肢へ
この臨床試験の結果をまとめると、VER-01には以下の4つの大きな優位性があることがわかります。
優れた胃腸耐性: オピオイドに比べて便秘のリスクが4分の1と極めて低い。
高い鎮痛効果: オピオイドと同等、あるいはそれを上回る鎮痛効果を発揮し、特に重度の患者に有効である。
睡眠の質の大幅な改善: 痛みによる睡眠妨害を効果的に軽減する。
高い安全性と非依存性: 耐性がつきにくく、投与を中止しても離脱症状が見られない。
研究チームは、この結果が「慢性疼痛の治療におけるパラダイムシフトをもたらす可能性がある」と結論づけています。もちろん、この結果はVER-01という特定の製剤と投与計画に基づくものであり、他のあらゆる大麻製品にそのまま当てはめられるわけではありません。
しかし、これまで「痛みは取れるが副作用も強い」オピオイドに頼らざるを得なかった多くの慢性腰痛患者にとって、「痛みもしっかり抑え、お通じも睡眠も守る」VER-01のようなフルスペクトラム大麻抽出物は、文字通り救世主のような新たな選択肢となるかもしれません。
今後、さらなる研究や実用化が進むことで、多モード的なアプローチの一環として、大麻製剤が慢性疼痛治療の標準的な地位を築く日が近づいていると言えるでしょう。出典: 本記事は、学術論文 “VER-01 Shows Enhanced Gastrointestinal Tolerability, Superior Pain Relief, and Improved Sleep Quality Compared to Opioids in Treating Chronic Low Back Pain: A Randomized Phase 3 Clinical Trial” (Meissner et al., 2025, Pain Therapy) に基づき作成されました。
執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。 書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン) 所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員) 更新日:2026年1月27日
執筆者: 正高佑志 Yuji Masataka(医師) 経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。 研究分野:臨床カンナビノイド医学 活動: 2017年に一般社団法人Green Zone
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