
若者の大麻使用と認知機能——時間とともに何が変わるのか
大麻を娯楽目的で使用する若者は世界中で増加していますが、「使い続けることで認知機能はどう変化するのか」という問いには、実はまだ明確な答えがありません。単発の横断研究では、大麻使用者と非使用者を比較して「差がある」「差がない」といった結果が報告されてきましたが、それが大麻使用の結果なのか、それとも大麻使用を始める前から存在していた個人差の反映なのかを区別することは困難でした。この問いに答えるには、同じ人々を長期にわたって追跡する縦断研究が不可欠です。
今回紹介するのは、オーストラリアの研究チームによる、大麻使用と認知機能の関係を扱った縦断的観察研究をまとめたナラティブレビューです。2026年に学術誌Psychopharmacologyに掲載されたこの論文は、これまでに発表された縦断研究を認知領域ごとに整理し、大麻使用の継続や頻度の変化が認知機能にどのような影響を及ぼしうるかを検証しています(原論文はこちら)。
研究の背景:なぜ縦断研究が重要なのか
大麻の規則的な使用は、これまで多くの研究で認知機能の変化と関連づけられてきました。しかし、認知能力の低下が大麻使用によって引き起こされたものなのか、それとも大麻使用を始める前からすでに認知的な脆弱性が存在していたのかは、依然として不明な点が多く残されています。特に若年層においては、脳がまだ発達段階にあるため、大麻使用が認知発達に与える影響を評価することは公衆衛生上重要な課題とされています。この論文の著者らは、こうした「時間経過に伴う変化」と「使用開始前の認知機能」という二つの側面に着目し、既存の縦断研究を体系的に整理することを試みました。
研究方法
研究チームは、PubMedおよびPsycINFOのデータベースを用いて、「cannabis」「marijuana」「cognitive」「cognition」といった検索語で文献を収集しました。抽出された研究は、認知機能の領域ごと(IQ、実行機能、言語学習と記憶、作業記憶・エピソード記憶、知覚推理、言語流暢性・理解、処理速度、注意)に分類され、結果がまとめられました。
最終的にレビューに含まれたのは21件の縦断的観察研究で、対象者はベースライン時点で5歳から42歳、総勢約27,734人にのぼります。このうち大麻を使用する人は11,783人で、さらにそのうち約2,030人はベースライン時点では大麻未使用(cannabis naïve)であり、その後の追跡期間中に大麻使用を開始した人々でした。対照群として大麻を使用しない15,951人が比較対象とされています。
結果:認知領域ごとに異なる証拠の強さ
この論文では、各認知領域について、報告された研究のうちどの程度の割合で有意な関連が示されたかによって、証拠の強さを「一貫した証拠(65%以上の研究で有意)」「混合的な証拠(40〜60%で有意)」「最小限の証拠(35%以下で有意)」の3段階に分類しています。
まず、最も一貫した証拠が得られたのはIQに関する領域でした。大麻使用群は対照群と比較して、時間の経過とともにIQが低下する傾向が一貫して認められました。さらに、持続的な使用や依存、使用量・頻度の増加といった「使用の慢性性」の指標は、特定の時点における低いIQ、そして時間経過に伴うIQの低下の両方と関連していました。
実行機能についても一貫した証拠が示されています。特定の時点においてより高い頻度で大麻を使用していることは、より低い実行機能と負の相関関係にありました。さらに、時間経過とともに使用頻度が増加することは、実行機能の低下とも負の相関を示しました。
一方、言語学習と記憶、作業記憶・エピソード記憶、知覚推理といった領域については、大麻使用群と対照群との間で、特定の時点および時間経過に伴う差について、混合的な証拠(40〜60%の研究で有意)にとどまりました。つまり、これらの領域では研究間で結果が一致しておらず、明確な結論を導くことは難しい状況です。
言語流暢性・言語理解、そして処理速度については、大麻使用に関連した時間経過に伴う変化を示す証拠は最小限(35%以下で有意)でした。また、注意についてはそもそも十分なデータが存在せず、証拠不十分と結論づけられています。
さらに興味深いのは、大麻使用を開始する前の認知機能についての検討です。大麻未使用の若者を対象に、使用開始前の認知機能を比較した6件の研究からは、認知領域間で結果が一致しておらず、証拠は不十分かつ混合的であるとされました。つまり、「大麻使用を始める前からすでに認知的な差があったのか」という重要な問いについては、現時点で明確な答えは得られていません。
考察・意義
この研究が示す最も重要な点は、大麻使用の継続、そして使用頻度の増加や増大が、IQと実行機能という特定の認知領域において、パフォーマンスに影響を及ぼす可能性があるということです。特にIQと実行機能については、複数の研究にわたって一貫した関連が確認されており、これらの領域が大麻使用の影響を最も受けやすい可能性が示唆されます。
一方で、言語学習・記憶や知覚推理といった他の認知領域については、研究間で結果が一致しておらず、現時点では確定的な結論を出すことはできません。これは、認知機能が単一の指標ではなく、多様な神経基盤に支えられた複合的な能力であることを反映しているのかもしれません。
また、この論文が強調している重要な限界は、大麻使用開始前の認知機能に関するデータがきわめて限定的である点です。もし大麻使用を始める前から一部の認知的脆弱性が存在していたのだとすれば、観察された認知機能の差は大麻使用の「結果」ではなく、むしろ大麻使用に至りやすい「素因」を反映している可能性も否定できません。この因果関係の方向性を明らかにするには、より大規模で、使用開始前からのデータを豊富に含む縦断研究が必要とされています。
さらに著者らは、大麻使用をやめた後に認知機能がどのように回復するのか、また特に脆弱性の高い人々(例えば精神疾患のリスクを持つ若者など)において生涯を通じて認知機能がどう変化するのかについても、今後の研究課題として挙げています。
まとめ
今回紹介した縦断研究のレビューは、大麻使用と認知機能の関係について、単なる「使っているか、使っていないか」という二分法を超え、使用の頻度や継続期間、そして時間経過という視点から整理した点で意義深いものです。約27,734人という大規模なデータをもとに、IQと実行機能については比較的一貫した関連が示された一方、他の認知領域については依然として不確実性が残されていることが明らかになりました。
特に若い世代にとって、大麻使用が認知発達にどのような影響を与えうるかは重要な関心事です。ただし、この研究はあくまで観察研究に基づくものであり、因果関係を断定するものではありません。大麻使用開始前の認知機能に関するデータが不足していることも踏まえ、今後さらなる研究が積み重ねられることが期待されます。本記事の内容は医学的アドバイスを目的としたものではなく、あくまで研究知見の紹介です。個々の健康に関する判断は、必ず専門家にご相談ください。
参考文献
Abbott G, Greenwood LM, Bartschi JG, Verdejo-Garcia A, Solowij N, Lorenzetti V. How does cognition change over time in young people who use cannabis recreationally? A narrative review of the longitudinal literature to date. Psychopharmacology. 2026. DOI: 10.1007/s00213-026-07072-1
PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42108274/
経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。
研究分野:臨床カンナビノイド医学
活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。
書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン)
所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員)
更新日:2026年7月16日
コメントを残す