
がんと診断された後、多くの患者がサプリメントやハーブ、特殊な食事療法、さらには大麻製品などを自己判断で試すようになることをご存知でしょうか。アイルランドで実施された国立調査によると、がん診断後にこうした「生物学的補完代替医療(BBCAM)」を利用する人の割合は診断前の28%から34%へと有意に増加し(p<0.001)、利用者のうち72%が診断後に「毎日使用」するようになっていたことが明らかになりました。この記事では、The Oncologist誌に掲載された最新の研究をもとに、がんサバイバーがなぜこうした治療法に惹かれるのか、そしてそこに潜むリスクについて詳しく解説します。
研究の背景:見過ごされてきた「がんサバイバーの選択」
世界保健機関(WHO)は2050年までに世界のがん新規症例数が3500万件に達すると予測しています。治療技術の進歩によりがんは慢性疾患としての性格を強め、長期生存者が増加する一方で、疲労感や再発への恐怖、心理的苦痛といった治療関連の副作用に長く向き合う患者も増えています。
こうした背景の中、世界的にがんサバイバーの40%から87%が何らかの補完代替医療(CAM)を利用しているとされています。本研究が焦点を当てた「生物学的補完代替医療(BBCAM)」とは、医師や管理栄養士の処方によらない特殊な食事療法、サプリメント、ハーブ療法を指し、大麻由来製品や、GcMAF(Gcタンパク質由来マクロファージ活性化因子)、レートリル(ビタミンB17)といった未規制の物質も含まれます。
研究方法:295人への全国調査
研究チームは、2018年から2022年にかけてアイルランドでがん治療を受けた18歳以上の成人を対象に、65項目からなる横断的な全国調査を実施しました。調査ではNCCIH(米国国立補完統合衛生センター)が定める5つのCAM領域(全体医療体系、心身医療、手技療法、エネルギー医療、生物学的療法)に沿って、診断前後のCAM利用状況、利用の動機、情報源、認識されている安全性・有効性・作用機序についての質問が行われました。新型コロナウイルス感染拡大の影響でオンライン調査として実施され、がん患者支援団体や医療従事者を通じて1000人に案内が送られました。
結果:診断後に利用が増加、大麻使用者は21%
最終的に295人から回答を得られ、77%が女性、平均年齢は53歳(標準偏差12歳)でした。BBCAMの使用率は診断前の28.1%から診断後には33.5%へと有意に増加しました(p<0.001)。BBCAM利用者(n=97、全体の33%)に限定すると、「毎日使用」する人の割合は診断前の38%から診断後には72%へと大幅に増加しています(p<0.001)。さらに、診断前にはBBCAMを使用していなかった人のうち26%が、診断後に新たに使用を開始していました(p<0.001)。
利用されていたBBCAMの種類としては、ビタミン・ミネラルサプリメントが最も多く83.5%(84%)、ニンニクや生姜、ターメリック/クルクミン、コエンザイムQ10などの食事性サプリメントが78.4%(78%)、ヤドリギ、セントジョーンズワート、エキナセア、朝鮮人参などのハーブ・植物性製剤が49.5%(50%)でした。特筆すべきは、大麻由来のTHC(テトラヒドロカンナビノール)を使用していた人が21%に上ったことです。さらに、レートリル(ビタミンB17)、サメ軟骨などのその他の天然製品が19%、GcMAFや免疫増強療法といった欧米で禁止・未承認とされる生物学的製剤の使用も12.4%(12%)にみられました。
特殊な食事療法についても、乳製品除去食が32%、グルテンフリー食(セリアック病でないにもかかわらず)が18-19%、間欠的断食が17%、ケトジェニックダイエットが15%、ジュース断食/デトックスが10%という結果でした。
臨床的特徴との関連では、BBCAM利用者は非利用者に比べて女性である割合が高く(87% vs 13%、p=0.007)、修士号以上の高学歴者が多い傾向がありました(26% vs 19%、p=0.002)。乳がん患者はBBCAM利用者に多く見られ(59% vs 49%、p=0.043)、ステージ1の早期がん患者もBBCAM利用者に多い傾向でした(22% vs 8%、p=0.039)。逆に消化器がん患者はBBCAM利用が少なく(4% vs 11%、p=0.045)、診断から1年以内の患者もBBCAM利用が少ない傾向でした(p=0.046)。過去の治療歴では、BBCAM利用者は手術を受けた割合が高く(80% vs 69%、p=0.037)、調査時点で化学療法中である割合は低く(8% vs 19%、p=0.015)、標的療法中である割合も低い結果でした(6.6% vs 14%、p=0.028)。将来の化学療法予定についても、BBCAM利用者は予定なしとする割合が高い傾向がみられました(6% vs 13%、p=0.019)。
症状面では、BBCAM利用者は疲労感(59.6% vs 50.5%、p=0.049)や再発への恐怖(46.4% vs 39.9%、p=0.038)を訴える割合が高い一方、便失禁の訴えは少ない結果でした(0% vs 8%、p=0.004)。
BBCAMに期待される効果としては、全体的な幸福感の改善が63%(利用者ベースでは53%)、心理的ストレスの軽減が59%(47%)、生活の質の改善が42%という結果でした。注目すべきは、BBCAM利用者の方が非利用者よりも「腫瘍の増殖を遅らせる」(26% vs 11%、p=0.011)、「腫瘍を死滅させる」(9% vs 2.5%、p=0.010)と信じている割合が高かった点です。一方で、通常治療との相互作用(34%)、通常治療の遅延(32.5%)、通常治療の拒否(31.5%)がBBCAMの潜在的なマイナス面として挙げられ、BBCAM利用者は医療従事者との軋轢(41% vs 23%、p<0.001)や経済的負担(37% vs 12%、p=0.002)を感じる割合も高い結果でした。
作用機序に関する認識では、BBCAM利用者の45%が「真の生物学的効果がある」と考え(非利用者は16%、p<0.001)、さらに45%が「生物学的効果とプラセボ効果の両方がある」と回答しました。有効性については、利用者の27%が「確実に効果がある」と回答した一方(非利用者は4%、p<0.001)、「確実に効果がない」と答えた割合は利用者でわずか1.4%でした(非利用者9.8%、p=0.008)。安全性についても、利用者の15.3%が「確実に無害」と回答しています(非利用者7.4%、p=0.014)。
情報源としてはGoogle検索が最も多く、BBCAM利用者の52%が利用(非利用者33.3%、p=0.003)、補完療法士からの情報(41% vs 12%、p<0.001)、科学文献(39% vs 15%、p<0.001)、書籍(32% vs 8%、p<0.001)でも利用者の方が高い割合を示しました。入手経路としては、民間の補完療法士(58% vs 23%、p<0.001)、健康食品店(55% vs 19%、p<0.001)、オンライン購入(16.5% vs 3.5%、p<0.001)のいずれも利用者で高い結果でした。
考察・意義:心理的ニーズの充足不足が示すもの
研究チームは、BBCAM利用者が「幸福感の向上」や「心理的ストレスの軽減」を主な動機として挙げている点に注目しています。これは、現行の医療体制が患者の心理的ニーズを十分に満たせていない可能性を示唆しています。特に、早期発見・手術治療を受けて速やかに退院した患者ほど定期的なフォローアップを受けにくく、再発への恐怖から自らBBCAMに救いを求める傾向があると論文は指摘しています。
本研究にはいくつかの限界があります。新型コロナウイルス感染拡大により対面での募集ができず、サンプルの代表性には限界があります。また回答者の77%が女性であり男性の割合が低いこと(21%)、自己申告データであることから想起バイアスの可能性があること、そしてレートリルやGcMAFのような違法・未承認物質の使用については過小報告の可能性も指摘されています。
まとめ:オープンな対話と正確な情報提供の重要性
この研究は、がん診断という重大なライフイベントを経験した患者の33%が何らかの生物学的補完代替医療を利用し、そのうち72%が毎日実践しているという現実を示しました。大麻を含む未規制の製品の利用も一定数存在し、その動機の多くは「心理的な安心感」や「コントロール感の回復」にあります。
重要なのは、なぜそうした選択に至るのかという背景を理解することです。研究チームは、医療従事者がBBCAMについてオープンに話し合える体制の構築、そして管理栄養士や心理士など専門職へのアクセス向上が急務であると結論づけています。もしご自身やご家族ががん治療中にサプリメントやハーブ、大麻製品などの利用を検討している場合は、主治医や薬剤師に相談し、通常治療との相互作用について確認することをお勧めします。
参考文献
Scannell C, Sullivan ES, Matvienko-Sikar K, Grimes DR, Power D, Ryan A. Exploring biologically-based complementary and alternative medicine use among Irish cancer survivors: findings from a national survey. The Oncologist. 2026. DOI: 10.1093/oncolo/oyag127
原文リンク: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42050866/
経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。
研究分野:臨床カンナビノイド医学
活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。
書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン)
所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員)
更新日:2026年7月21日
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