
顔から離れない激痛-治療抵抗性の三叉神経障害性疼痛という難題
顔の感覚を司る三叉神経が損傷したり機能異常を起こしたりすると、電気ショックのような痛みや、灼けるような痛み、しびれ、そしてわずかな接触でも激痛が走る「アロディニア(異痛症)」といった症状が持続的に現れることがあります。これが三叉神経障害性疼痛(Trigeminal Neuropathic Pain, TNP)です。抗けいれん薬や抗うつ薬、局所麻酔薬などの従来治療を行っても十分な効果が得られない、いわゆる「治療抵抗性」の患者は少なくありません。
今回紹介するのは、ブラジルのサンパウロ大学リベイラン・プレト歯学部のグループが2026年にCase Reports in Dentistry誌に発表した症例報告です。従来治療で効果が得られなかった2人の女性患者に対し、THCとCBDを1対1の比率で配合した舌下投与製剤を用いたところ、痛みの強さが大きく改善し、さらに3次元顔面ステレオフォトグラメトリーという最新の画像解析技術によって、皮膚の過敏領域が客観的に縮小したことが記録されました(原論文はこちら)。
なぜこの研究が重要なのか
三叉神経障害性疼痛は、外傷後に生じるタイプ(抜歯やインプラント手術後など)と、原因不明の特発性タイプに分けられます。外傷後タイプは第三大臼歯の抜歯やインプラント埋入後に3〜5%程度の頻度で生じるとされていますが、いずれのタイプも第一選択薬とされるカルバマゼピンをはじめとする従来治療で十分な効果が得られないことが多く、めまいや眠気、血液系の副作用などにより治療継続が困難になるケースもあります。
近年、大麻由来のカンナビノイド、特にTHCとCBDが痛みの緩和に有効である可能性が示唆されてきましたが、口腔顔面領域の神経障害性疼痛に対する効果を客観的な指標で示した報告は限られていました。本研究は、痛みの自己申告だけでなく、顔面の感覚過敏領域を3D画像で定量化するという新しい手法を組み合わせた点に特徴があります。
研究方法-2症例の詳細なモニタリング
対象となったのは、外傷後三叉神経障害性疼痛の45歳女性(症例1)と、特発性三叉神経障害性疼痛の50歳女性(症例2)の2名です。いずれも抗けいれん薬、抗うつ薬、局所薬剤、局所麻酔ブロックなど複数の治療を試みても十分な緩和が得られていませんでした。
両症例には、THCとCBDをそれぞれ20mg/mLずつ含む1対1配合の舌下投与製剤が用いられました。1滴あたり約2.7mg(THC約2.5mg、CBD約2.5mg)に相当し、1日最大12滴(カンナビノイド総量約30mg)を上限とする段階的な増量プロトコルに従いました。治療は、1週間のベースライン評価期間、2週間の増量期間、8週間の安定用量維持期間、そして2週間の漸減中止期間という4段階で構成され、合計8週間にわたる安定用量期間中に効果が評価されました。
評価には、神経障害性疼痛のスクリーニングツールであるDN4質問票、痛みの強さを測るビジュアルアナログスケール(VAS)、生活の質を測るWHOQOL-Bref、そして触覚・冷覚・痛覚に対する感覚反応を口腔内でマッピングする定性的感覚検査(QualST)が用いられました。さらに、Vectra H1という3D顔面ステレオフォトグラメトリー装置を使い、皮膚表面の過敏領域とアロディニア領域の面積(cm²単位)を経時的に測定するという、この分野では新しい試みが行われました。
結果-痛みの強さと感覚過敏領域の変化
症例1(外傷後タイプ)では、VASスコアがベースラインの9から、治療4週目で8、8週目の中間評価で6、最終評価で4へと段階的に低下しました。これは55.6%の疼痛強度の減少に相当します。症例2(特発性タイプ)では、VASスコアが10から2へと低下し、80%という大幅な減少を示しました。臨床試験の指標であるIMMPACT基準では、疼痛強度が30%以上減少すれば臨床的に意味のある改善、50%以上であれば著明な改善とされており、両症例ともこの基準を上回る結果となりました。
症例2ではさらに、3D顔面ステレオフォトグラメトリーによる定量評価が行われました。ベースラインで113.72cm²あった皮外の痛覚過敏領域(ピンプリック刺激に対する過反応領域)は、治療4週目には11.83cm²まで縮小し、8週目には27.54cm²となりました。またベースラインで24.42cm²あったアロディニア領域は、8週目には完全に消失し0cm²となりました。口腔内のQualST所見でも、症例1では当初、歯14〜18番、舌背・舌腹、口蓋、頬粘膜に広がっていた感覚過敏が、治療8週間後には歯14〜17番の口蓋側・頬側の限局した領域にまで縮小しました。症例2でも8週目には口腔内の過敏所見は検出されなくなりました。
生活の質を測るWHOQOL-Brefのスコアも改善しました。アブストラクトによれば、身体的領域のスコアは症例1で50.0から60.7へ、症例2で25.0から39.3へと上昇し、心理的側面の改善も伴っていました。症例1では、身体的領域が50.0から60.7、心理的領域が50.0から58.3、社会的関係が50.0から58.3、環境領域が40.6から46.9へと上昇し、合計スコアは190.6から224.2に改善しました。症例2のベースラインは身体的25.0、心理的70.8、社会的関係66.7、環境56.3で、合計218.8でした。
臨床的には、症例1では咀嚼や口腔衛生行動(歯磨きなど)が痛みを誘発することなく行えるようになったと報告されました。症例2では、開口時に頬骨部やロ角から下顎角にかけて生じていた電気ショック様の痛みが軽減し、痛みの性質自体が「電気ショック様」から「灼けるような痛み」へと変化しました。治療中止後、症例2は15日間痛みのない状態が続き、その後は上唇の約1cm²程度の限られた領域に散発的な電気ショック様の痛みが残る程度にとどまりました。
治療期間中の副作用については、症例1でめまい、眠気、食欲増加が軽度に認められ、用量を朝4滴・夜6滴に調整することで管理されました。症例2では眠気のみが報告され、治療継続に支障をきたすものではありませんでした。両症例とも重篤な有害事象は記録されず、漸減中止後の離脱症状も認められませんでした。
考察-何を意味し、何を意味しないのか
本研究の著者らは、カンナビノイドの鎮痛メカニズムについて、中枢神経系ではCB1受容体の活性化が興奮性神経伝達物質の放出を抑え、発作性の電気ショック様疼痛を軽減する可能性を、末梢ではCB2受容体が炎症や免疫応答を調整し末梢性感作を軽減する可能性を指摘しています。CBDについては、TRPV2受容体との相互作用を通じて痛覚過敏を調整する可能性も議論されています。ただし、これらは症例報告から導かれる仮説であり、因果関係を証明するものではない点に注意が必要です。
著者ら自身も、本研究の限界を明確に述べています。対照群が存在しないこと、サンプルサイズが2例と極めて小さいこと、そして両患者とも従来の薬物療法を継続したまま大麻由来製剤を追加投与している点が挙げられます。したがって、観察された改善がカンナビノイドそのものの効果なのか、個人差やプラセボ効果、あるいは併用療法との相互作用によるものなのかを区別することはできません。治療中止後の追跡期間も比較的短く、効果の持続性やリバウンド症状の有無について結論を出すことはできないとされています。
一方で、本研究の意義は、痛みの自己申告に頼るだけでなく、3D顔面ステレオフォトグラメトリーという客観的な画像解析技術を用いて、皮膚の感覚過敏領域の変化を定量的に「見える化」した点にあります。こうした多面的な評価手法は、今後のカンナビノイド研究における評価基準の一つのモデルケースとなり得るでしょう。
まとめ
今回の症例報告は、複数の従来治療に反応しなかった三叉神経障害性疼痛の患者2名において、THCとCBDを配合した舌下投与製剤の追加投与が、痛みの強さの大幅な減少(症例1で55.6%減、症例2で80%減)、痛みの性質の変化、そして生活の質の改善と関連していたことを示しています。3D画像解析による皮膚過敏領域の縮小という客観的データも、この変化を裏付けるものでした。
ただし、これはあくまで2例の観察に基づく記述的な症例報告であり、対照群を伴う臨床試験ではありません。カンナビノイドが三叉神経障害性疼痛に効果があると結論づけるにはまだ早く、著者らも今後の対照試験の必要性を強調しています。治療抵抗性の慢性顔面痛に苦しむ患者にとって選択肢の一つとなる可能性を示す一方で、実際の治療選択は必ず医療専門家と相談の上で行うべきであることを申し添えます。
参考文献
Mélo AM, Spadon-Brito LG, Hallak JC, do Nascimento GC, de Oliveira Melchior M, Regalo SCH, Mazzi-Chaves JF, Magri LV. Cannabinoid Therapy for Refractory Trigeminal Neuropathic Pain: Quantification of Somatosensory Alterations (QualST) by 3D Stereophotogrammetry-Two Case Reports. Case Reports in Dentistry. 2026. DOI: 10.1155/crid/7752444
原文リンク:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42088153/
経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。
研究分野:臨床カンナビノイド医学
活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。
書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン)
所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員)
更新日:2026年7月20日
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