
近年、米国では「クラトム」という東南アジア原産の植物由来物質の使用が急速に広がっています。鎮痛や気分の落ち着き、あるいはオピオイドの代替として自己治療的に使われる一方で、規制がほとんど整っていないことへの懸念も強まっています。今回紹介する研究は、クラトム使用者161人を対象とした調査で、「クラトムを最初に試すのか、それとも他の物質使用や医療治療の後に試すのか」という時間的順序に焦点を当てた、これまであまり調べられてこなかった問いに答えようとしたものです。
研究の背景
クラトム(Mitragyna speciosa)は東南アジア原産の樹木で、その葉はオピオイド様、アドレナリン様、セロトニン様の薬理作用を持つことが知られています。米国では過去10年で入手可能性と使用率が大きく増加し、成人における生涯使用率は最大9%と推定されています。物質使用障害(SUD)を抱える人々に限れば、過去1年使用率は最大10%、生涯使用率は最大21%に達するとの報告もあります。
米国においてクラトムは医薬品でも正式なサプリメントでもなく、「新規食品成分」という曖昧な位置づけで、規制上の監視はごく限定的です。スモークショップだけでなくガソリンスタンドやコンビニでも入手できるようになり、オンライン販売も容易です。使用理由は、疼痛やSUD・離脱症状、精神的な不調の自己治療、集中力や活力の向上、あるいは多幸感を得るためなど多岐にわたりますが、その効果を裏付ける臨床的エビデンスは限られています。
これまでの研究では「なぜクラトムを使うのか」という動機についての理解は進んできましたが、「クラトムを他の物質使用や医療治療より先に試すのか、それとも後から、あるいは代替として使うのか」という時間的な関係性についてはほとんど分かっていませんでした。この研究は、その空白を埋めることを目的としています。
研究方法
本研究は横断的な匿名電子調査として実施されました。2025年3月から9月にかけて、American Kratom AssociationとGlobal Kratom Coalitionの会員に調査リンクが配布されました。対象は18歳以上で、過去または現在クラトムを使用していると回答した成人です。
調査票は、クラトムおよび他の物質使用の特徴、選択された診断に対する医療治療の追求状況、そしてクラトム使用と物質使用・医療治療との時間的関係を評価するために独自に作成されました。統計解析にはカイ二乗検定・フィッシャーの正確検定が用いられ、有意水準はα=0.05に設定されました。なお、米国成人におけるクラトム生涯使用率の推定値をもとに、95%信頼水準・誤差5%で目標サンプルサイズは385人と設定されていましたが、実際に集まった有効回答は161人にとどまりました。
結果
最終的に161人の回答が解析対象となりました。回答者の95.7%が現在もクラトムを使用しており、過去使用のみという人はごく少数でした。製品の種類では、乾燥粉末やカプセルなどのホールリーフ製品の使用が最も多く90.3%、より高濃度のアルカロイドを含む濃縮エキス製品の使用が38.3%、ミトラギニンや7-ヒドロキシミトラギニンなどを単離した製品の使用が16.9%でした。
クラトム使用の理由は、治療目的(自己治療)が50.3%、非治療目的が16.1%、両方の目的が33.5%でした。治療目的として最も多く挙げられたのは疼痛(86.2%)で、続いて精神的な集中力向上(52.3%)、メンタルヘルス(46.9%)、睡眠(43.1%)、物質使用障害(SUD)の自己治療(27.7%)という順でした。
回答者の生涯における他の精神作用物質の使用経験は、カンナビスが74.3%と最も高く、次いでアルコール68.2%、刺激薬43.2%、鎮静薬33.1%、非処方のオピオイド26.4%、タバコ6.1%でした。クラトム以外に物質使用経験が全くないと回答したのは10.1%にとどまり、大多数の回答者が何らかの物質使用歴を持っていたことが分かります。また、回答者の約5人に1人が過去または現在のSUDを有すると回答し、その内訳はアルコール関連が62.1%、オピオイド関連が51.7%、タバコ関連が31.1%、刺激薬関連とカンナビス関連がそれぞれ20.7%、鎮静薬関連が10.3%でした。
本研究の核心的な発見は、クラトムの使用開始のタイミングです。物質使用歴のある回答者のうち、他の物質よりも先にクラトムを試したと回答した割合はわずか3〜10%にとどまりました。多くの場合、クラトムは他の物質の使用を中止した後に開始されており、その割合は物質の種類により34.6%から51.3%に及びました。また、他の物質と同時並行的に使用していたと回答した割合は10.9%から30.7%でした。この傾向はカンナビス、刺激薬、鎮静薬、非処方オピオイド、アルコールのいずれについても一貫して見られました。
他の物質の使用を中止した後、あるいは同時にクラトムを使い始めた理由としては、「やめようとしている」「減らそうとしている」「離脱症状に対処している」といった回答が多く見られました。特に刺激薬、鎮静薬、非処方オピオイド、アルコールについては、渇望の軽減や離脱症状の管理を目的とする回答が目立ちました。実際、非処方オピオイドを使用していた回答者のうち50%がオピオイドへの渇望軽減のためにクラトムを使ったと回答し、40%がオピオインの離脱症状管理のためと回答しています。
一方でカンナビスについては、他の物質とはやや異なる傾向が見られました。カンナビス使用を中止した後にクラトムを始めた理由として、渇望や離脱症状への対処よりも、「カンナビスの効果が感じられなかった」「カンナビスの副作用が好きではなかった」など、クラトムそのものへの選好を挙げる回答者が多かったのです。またアルコールを除く各物質について、8〜14%の回答者が「その物質を入手できなくなったから」という理由でクラトムを使い始めたと回答しました。
医療治療との関係についても同様の傾向が確認されました。過去1年間にHCP(医療専門職)を受診した回答者は136人(84.5%)にのぼり、その内訳は一般的な健康チェックが59.6%(96人)、疼痛管理が25.5%(41人)、身体的疾患の治療が31.7%(51人)、メンタルヘルスの治療が21.1%(34人)でした。
対象となった医療的疾患についても、治療を受けるより先にクラトムを開始した割合は0〜20%にとどまり、多くの回答者は医療治療を受けながら、あるいは治療を中止した後にクラトムを開始していました。治療を受ける前にクラトムを開始した割合が15%以上だった疾患は、SUD、急性疼痛、双極性障害、不安障害、PTSDでした。
医療治療と並行してクラトムを使い始めた理由としては、「クラトムの方が安全だと感じた」が55.6%、「クラトムの方が効果的だと感じた」が46.3%、「治療が部分的にしか効いていないと感じた」が42.6%、「治療が全く効いていないと感じた」が29.6%、「治療の副作用を経験した」が35.2%、「処方薬の使用量を減らしたかった」が25.9%と続きました。医療治療と並行してクラトムを使用していた回答者のうち、実際にHCPにクラトム使用を開示したのは46%にとどまり、そのうち33.3%が両方の治療を継続、51.9%がHCPの治療を中止してクラトムのみを継続、3.7%がクラトムを中止して医療治療を継続していました。
医療治療を中止した理由としては、「自然・ホリスティックな治療を好むため」が56.5%と最多で、「治療が効果を感じられなかった」が30.4%、「治療費の問題」が29.0%、「医療保険がない」が15.9%と続きました。また128人の回答者のうち37.5%が過去に補完代替医療(CAM)の提供者による治療を求めたことがあり、そのうち75%はクラトム使用より前にCAM治療を開始し、22.9%が同時期、2.1%がクラトム使用中止後にCAM治療を求めていました。
安全性についての認識も注目に値します。回答者の59.6%がクラトムを医薬品より安全だと考えており、13.7%が同程度に安全、5.0%が判断できないと回答し、クラトムの方が安全でないと考えたのはわずか1.2%でした。
考察・意義
この結果から見えてくるのは、クラトムが「最初の一歩」として選ばれることは稀であり、多くの場合、他の物質使用や医療治療を経験した後、あるいはそれらと並行して使われているという構図です。著者らは、以前の研究でクラトムを他の物質と併用して効果を増強する目的で使っていたとする回答が14%あったのに対し、今回の調査では併用による効果増強を目的とした回答者はわずか3人(1.9%)にとどまったことを指摘し、現時点での規制のゆるさや入手のしやすさにもかかわらず、クラトムが精神作用物質使用への「入口」となっている証拠は見られないと結論づけています。
むしろ着目すべきは、クラトムが物質使用や医療治療の「代替」あるいは「補助」として機能している可能性です。特にオピオイドの離脱症状管理や渇望軽減を目的とした使用は、これまでのオピオイド危機に関する研究とも一致する結果でした。また、SUDや疼痛といった、しばしばスティグマの対象となり十分な治療を受けにくい疾患において、治療前にクラトムを開始する割合が高かったことは、医療アクセスの課題を反映していると考えられます。医療保険の欠如、治療費、他者からの視線への懸念などが、医療治療を中断してクラトムのみに頼る理由として挙げられていることも、この解釈を裏付けています。
一方で、著者らは強い懸念も表明しています。回答者の38.3%が高濃度のミトラギニンを含む濃縮エキス製品を、16.9%がミトラギニンや7-ヒドロキシミトラギニンなどの単離アルカロイド製品を使用していました。7-ヒドロキシミトラギニンは天然のミトラギニンとは異なり強力なオピオイド受容体作動薬として作用するため、薬理学的なリスクプロファイルが大きく異なります。それにもかかわらず、多くの回答者がクラトムを医薬品より安全だと認識していたことは、消費者がこうした新しい高濃度製品のリスクを十分に理解していない可能性を示唆しています。
この研究にはいくつかの限界があります。回答者の募集は特定の団体(American Kratom AssociationおよびGlobal Kratom Coalition)の会員に限られており、クラトムに対して肯定的な経験を持つ人々に偏っている可能性があります。また目標サンプルサイズ385人に対し実際の有効回答は161人にとどまり、統計的な検出力は限定的です。さらに調査は現在クラトムを使用している人がほとんどを占めており、使用をやめた人の視点は十分反映されていません。自己報告に基づく調査であるため、記憶バイアスや社会的望ましさバイアスの影響も否定できません。
まとめ
本調査は、クラトムが多くの場合「最初の物質」ではなく、他の物質使用や医療治療の後、あるいはそれらと並行して使用されていることを示しました。これはクラトムが物質使用への「入口」というよりも、既存の治療へのアクセス困難や、他の物質からの離脱・渇望管理のための代替手段として選ばれている可能性を示唆しています。同時に、高濃度アルカロイド製品の広がりと、それに対する消費者の安全性認識のギャップは看過できない課題です。今回の結果はあくまで小規模な予備的調査によるものであり、著者らも今後より大規模な追跡調査が必要だと述べています。クラトムの使用を検討する、あるいはすでに使用している方は、その薬理学的な多様性とリスクについて、医療専門家と率直に相談することが重要です。
参考文献
Covvey JR, Grundmann O, Vadiei N, Evoy KE. An Initial Survey Assessing the Temporal Relationship of Kratom Initiation With Medical Treatment and Substance Use. Substance Use: Research and Treatment. 2026. DOI: 10.1177/29768357261465591
参照元: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42404212/

経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。
研究分野:臨床カンナビノイド医学
活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。
書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン)
所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員)
更新日:2026年9月2日
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