
妊娠中の飲酒や喫煙が胎児に悪影響を及ぼすことは、今や社会の共通認識となっています。では、同じく嗜好品として使われる大麻については、妊娠可能年齢の女性たちはどのように捉えているのでしょうか。米コネチカット大学の研究チームが実施した全米調査によると、妊娠経験のある女性の25.9%が妊娠中に大麻を使用したと回答し、さらに大麻はアルコールやタバコと比較して「相対的に安全」だと認識されていることが明らかになりました。大麻合法化が進む米国において、周産期の健康を守るうえで見過ごせない課題を浮き彫りにする結果です。
研究の背景
米国では大麻の合法化が進むにつれ、妊娠中の大麻使用も増加傾向にあると指摘されています。つわりや不安、不眠、痛みといった妊娠に伴う不快な症状への対処法として、大麻を選ぶ女性は少なくありません。一方で、妊娠中のアルコールや喫煙が胎児に及ぼすリスクについては、長年にわたる公衆衛生上の啓発活動により広く認知されてきました。しかし大麻については、その安全性に対する社会的な認識が、アルコールやタバコに対する認識とどのように異なるのかは十分に検証されてきませんでした。この認識のギャップを明らかにすることが、本研究の目的です。
研究方法
研究チームはCloud Researchというオンラインプラットフォームを通じて、全米の出産適齢期の女性622人を募集しました。参加者は匿名のオンライン調査に回答し、妊娠中の大麻、アルコール、タバコの使用状況について尋ねられました。調査には検証済みの尺度が用いられ、胎児、出産、乳児の発達に対するリスク認識が測定されています。データ分析には記述統計、マクネマー検定、そして反復測定分散分析(事後比較を含む)が用いられました。
結果
参加者の平均年齢は29.47歳(標準偏差6.83、範囲18歳から42歳)でした。人種・民族の内訳は、白人が65.9%(n=410)、黒人またはアフリカ系アメリカ人が28.1%(n=175)、アジア系が5.9%(n=37)、アメリカ先住民またはアラスカ先住民が3.9%(n=24)、その他が4.7%(n=29)となっており、17.7%(n=110)がヒスパニックまたはラテン系であると回答しました。性的指向についてはヘテロセクシュアルと自認する参加者が82.0%(n=510)を占めています。
妊娠経験のある参加者351人のうち、妊娠中に大麻を使用したと回答したのは25.9%でした。これはタバコの23.6%とほぼ同水準であり、アルコールの8.2%を大きく上回る数値です。妊娠中の大麻使用頻度の中央値は週2回で、使用方法としてはジョイント(紙巻き大麻)やブラント(葉巻状の大麻)が最も一般的でした。使用理由としては、吐き気の軽減、不安の緩和、睡眠障害の改善、痛みの緩和などが挙げられています。
研究チームは、大麻、アルコール、タバコそれぞれについて妊娠中の使用が安全だと思うかを、1点(全く安全でない)から5点(完全に安全)までの5段階リッカート尺度で尋ねました。その結果、大麻の安全性評価の平均値は3.85点(標準偏差1.46)、アルコールの平均値は4.86点(標準偏差0.54)、タバコの平均値は4.79点(標準偏差0.63)となり、大麻とアルコール、大麻とタバコの差はいずれも統計的に有意でした(p<.001)。論文の著者らはこの結果について、妊娠中の大麻使用はアルコールやタバコの使用と比較して「より安全」だと評価されたと結論づけています。
なお、数値だけを見ると、大麻の平均値(3.85点)はアルコール(4.86点)やタバコ(4.79点)よりも低く、一見すると大麻の方が「安全度が低い」評価に見える点には注意が必要です。この点について論文本文では詳細な説明はなされていませんが、著者らの結論としては、大麻がアルコール・タバコと比べて相対的に安全だと認識されているという解釈が示されています。読者にはこの尺度の数値と結論との対応関係に留意しつつ、原論文の主張として受け止めていただきたいと思います。
考察・意義
この調査結果が示しているのは、妊娠可能年齢の女性の相当数が、妊娠中の大麻使用をアルコールや喫煙ほど危険視していないという実態です。妊娠経験者のうち4人に1人以上にあたる25.9%が妊娠中の大麻使用を経験しており、これはタバコの使用率23.6%と同程度、アルコールの使用率8.2%を大きく上回る数字です。つわりや不安、不眠、痛みといった妊娠特有の不快な症状に苦しむ女性が、対処法として大麻を選ぶ背景には、社会的、文化的、感情的な要因が複雑に絡み合っていると考えられます。
著者らは、こうした認識が、大麻に関する正確な情報が妊娠可能年齢の女性たちに十分に届いていない可能性を示唆していると論じています。アルコールやタバコの胎児への悪影響に関する啓発が長年にわたり浸透してきた一方で、大麻についての同様のメッセージングが相対的に手薄であった可能性は、今後の公衆衛生施策を考えるうえで重要な論点です。
本研究はオンライン調査という性質上、自己申告に基づくデータであり、実際の使用量や使用パターンを客観的に検証したものではない点に留意が必要です。また、横断調査であるため、認識と使用行動との間の因果関係を明らかにするものではなく、あくまで相関関係を示すものです。さらに、対象者は米国在住の女性に限定されており、日本を含む他国の文化的背景における認識とは異なる可能性があります。加えて、前述の通り、リッカート尺度の数値傾向と論文の結論との対応関係については、本文中で必ずしも明快な説明がなされていない点も、結果を読み解くうえでの限界として付け加えておく必要があります。
まとめ
今回の調査は、妊娠中の大麻使用の実態と、その安全性に関する女性たちの認識を定量的に示した点で意義があります。妊娠経験者の25.9%が妊娠中に大麻を使用したと回答し、著者らはこれを、大麻がアルコールやタバコと比べて相対的に安全だと認識されていることの表れだと結論づけています。妊娠中の症状に悩む女性が大麻を選択する背景には、切実な理由があることも事実です。だからこそ、研究チームが強調するように、単に「危険だから使うな」と伝えるだけでなく、なぜそうした選択がなされるのかという社会的・感情的背景を理解したうえで、正確な情報提供と的を絞った教育を行うことが、母体と胎児の健康を守るために不可欠だと言えるでしょう。
この記事は医学的アドバイスを目的としたものではなく、最新の学術研究を紹介する情報提供を目的としています。妊娠中の物質使用について不安や疑問がある場合は、必ず医療専門家に相談してください。
参考文献
Casavant SG, Kilembe N, Kinsey S, Shook N. Attitudes and beliefs regarding cannabis use during pregnancy compared to alcohol and tobacco: a nationwide survey of U.S. women of childbearing age. Journal of Cannabis Research. 2026. DOI: 10.1186/s42238-026-00466-0
参考URL: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/42401977/
経歴: 2012年医師免許取得。2017-2019年熊本大学脳神経内科学教室所属。2025年聖マリアンナ医科大学・臨床登録医。
研究分野:臨床カンナビノイド医学
活動: 2017年に一般社団法人Green Zone Japanを設立し代表理事に就任。独自の研究と啓発活動を継続している。令和6年度厚生労働特別研究班(カンナビノイド医薬品と製品の薬事監視)分担研究者。
書籍: お医者さんがする大麻とCBDの話(彩図社)、CBDの教科書(ビオマガジン)
所属学会: 日本内科学会、日本臨床カンナビノイド学会(副理事長)、日本てんかん学会(評議員)、日本アルコールアディクション医学会(評議員)
更新日:2026年9月2日
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